1994年ベルギーグランプリ
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/01 07:39 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動| レース詳細 | |||
|---|---|---|---|
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| 日程 | 1994年シーズン第11戦 | ||
| 決勝開催日 | 1994年8月28日 | ||
| 開催地 | スパ・フランコルシャン ベルギー スパ |
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| コース長 | 7.001km | ||
| レース距離 | 44周(308.044km) | ||
| 決勝日天候 | 曇り(ドライ) | ||
| ポールポジション | |||
| ドライバー | |||
| タイム | 2'21.163 | ||
| ファステストラップ | |||
| ドライバー | |
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| タイム | 1'57.117(Lap 41) | ||
| 決勝順位 | |||
| 優勝 |
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| 2位 | |||
| 3位 | |||
1994年ベルギーグランプリ(1994 Belgian Grand Prix)は、1994年F1世界選手権の第11戦として、1994年8月28日にスパ・フランコルシャンで開催された。
予選
シーズン序盤に重大事故が続発したことを受け、スパ・フランコルシャンの超高速コーナー「オー・ルージュ」がシケインに変更された(この年限り)。
予選は2日間とも名物の「スパ・ウェザー」に見舞われた。初日の1回目ではコースコンディションがウェットからドライへと変化する中、ドライ用のスリックタイヤでアタックしたルーベンス・バリチェロが暫定ポールポジションを獲得。翌日の2回目はウェットコンディションとなり、バリチェロがコースインせずピットで状況を見守る中、誰にも初日のタイムを破られることなく、バリチェロの初ポールポジションが決定した。フル参戦2年目(エントリー27戦目)のバリチェロは、22歳と96日での最年少ポールポジション記録を樹立した[1]。また、ジョーダンチームにとっても初ポールという二重の喜びとなった。
結果
| 順位 | No | ドライバー | チーム | タイム | 差 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 14 | ジョーダン・ハート | 2'21.163 | ||
| 2 | 5 | ベネトン・フォード | 2'21.494 | +0.331 | |
| 3 | 0 | ウィリアムズ・ルノー | 2'21.681 | +0.518 | |
| 4 | 15 | ジョーダン・ハート | 2'22.074 | +0.911 | |
| 5 | 27 | フェラーリ | 2'22.202 | +1.039 | |
| 6 | 6 | ベネトン・フォード | 2'22.218 | +1.055 | |
| 7 | 2 | ウィリアムズ・ルノー | 2'22.359 | +1.196 | |
| 8 | 7 | マクラーレン・プジョー | 2'22.441 | +1.278 | |
| 9 | 30 | ザウバー・メルセデス | 2'22.634 | +1.471 | |
| 10 | 23 | ミナルディ・フォード | 2'23.326 | +2.163 | |
| 11 | 28 | フェラーリ | 2'23.895 | +2.732 | |
| 12 | 4 | ティレル・ヤマハ | 2'24.048 | +2.885 | |
| 13 | 8 | マクラーレン・プジョー | 2'24.117 | +2.954 | |
| 14 | 10 | フットワーク・フォード | 2'25.114 | +3.951 | |
| 15 | 29 | ザウバー・メルセデス | 2'25.695 | +4.532 | |
| 16 | 25 | リジェ・ルノー | 2'26.044 | +4.881 | |
| 17 | 26 | リジェ・ルノー | 2'26.079 | +4.916 | |
| 18 | 24 | ミナルディ・フォード | 2'26.738 | +5.575 | |
| 19 | 19 | ラルース・フォード | 2'26.901 | +5.738 | |
| 20 | 12 | ロータス・無限ホンダ | 2'27.155 | +5.992 | |
| 21 | 31 | シムテック・フォード | 2'27.212 | +6.049 | |
| 22 | 20 | ラルース・フォード | 2'28.156 | +6.993 | |
| 23 | 3 | ティレル・ヤマハ | 2'28.979 | +7.816 | |
| 24 | 9 | フットワーク・フォード | 2'30.931 | +9.768 | |
| 25 | 32 | シムテック・フォード | 2'31.755 | +10.592 | |
| 26 | 11 | ロータス・無限ホンダ | 2'33.885 | +12.722 | |
| DNQ | 34 | パシフィック・イルモア | 2'34.582 | +13.419 | |
| DNQ | 33 | パシフィック・イルモア | 2'35.729 | +14.566 |
決勝
決勝当日は安定したドライコンディションでレースが行われた。初優勝なるかと注目されたバリチェロだが、オープニングラップのケメル・ストレートでミハエル・シューマッハに抜かれ、さらにジャン・アレジにも抜かれ、以後もポジションを下げると、20周目にスピンアウトしてレースを終えた。アレジも2周目にエンジンブローでリタイアし、その後はシューマッハが後続を引き離して独走態勢を築く。
シューマッハは19周目に下りの高速コーナー「プーオン」の出口でオーバーランして1回転スピンを喫するも、すぐに体勢を立て直して走行を続けた。チャンピオンシップのライバルであるデイモン・ヒルはチームメイトのデビッド・クルサードとの争いに手間取り、シューマッハ追撃には至らなかった。
シューマッハはヒルに20秒近くの差をつけてトップチェッカーを受け、今期8勝目を達成した、と思われた。しかし、レース後の再車検において車体底面に装着している木製の板(スキッドブロック[2])が規定の厚さよりも1.6mm薄いことが判明。ベネトンチームは単独スピンの際に縁石に擦って削れた、と主張したが、審判団は問題の箇所とは異なるとして抗議を認めず、レース5時間後にシューマッハの失格が決定。2位以下の順位が繰り上がり、ヒルが優勝者となった。すでにサーキットを離れていたシューマッハは、友人宅で行われた祝勝パーティーの最中にこの悪い知らせを聞かされた。
シューマッハの失格はイギリスGPの黒旗無視に続いて今期2度目であり、ベルギーGP後にはペナルティーとして2戦出場停止が決まっている。
結果
| 順位 | No | ドライバー | チーム | 周回数 | タイム/リタイア | グリッド | ポイント |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 0 | ウィリアムズ・ルノー | 44 | 1:28'47.170 | 3 | 10 | |
| 2 | 7 | マクラーレン・プジョー | 44 | +51.381 | 8 | 6 | |
| 3 | 6 | ベネトン・フォード | 44 | +1'10.453 | 6 | 4 | |
| 4 | 2 | ウィリアムズ・ルノー | 44 | +1'45.787 | 7 | 3 | |
| 5 | 4 | ティレル・ヤマハ | 43 | +1 Lap | 12 | 2 | |
| 6 | 10 | フットワーク・フォード | 43 | +1 Lap | 14 | 1 | |
| 7 | 26 | リジェ・ルノー | 43 | +1 Lap | 17 | ||
| 8 | 23 | ミナルディ・フォード | 43 | +1 Lap | 10 | ||
| 9 | 24 | ミナルディ・フォード | 43 | +1 Lap | 18 | ||
| 10 | 25 | リジェ・ルノー | 42 | +2 Laps | 16 | ||
| 11 | 32 | シムテック・フォード | 42 | +2 Laps | 25 | ||
| 12 | 12 | ロータス・無限ホンダ | 41 | +3 Laps | 20 | ||
| 13 | 15 | ジョーダン・ハート | 40 | +4 Laps | 4 | ||
| DSQ | 5 | ベネトン・フォード | 44 | 失格 | 2 | ||
| Ret | 9 | フットワーク・フォード | 33 | エンジン | 24 | ||
| Ret | 31 | シムテック・フォード | 29 | ホイール | 21 | ||
| Ret | 29 | ザウバー・メルセデス | 27 | スロットル | 15 | ||
| Ret | 8 | マクラーレン・プジョー | 24 | スピンアウト | 13 | ||
| Ret | 14 | ジョーダン・ハート | 19 | スピンアウト | 1 | ||
| Ret | 3 | ティレル・ヤマハ | 18 | エンジン | 23 | ||
| Ret | 11 | ロータス・無限ホンダ | 15 | スピンアウト | 26 | ||
| Ret | 28 | フェラーリ | 11 | エンジン | 11 | ||
| Ret | 19 | ラルース・フォード | 11 | エンジン | 19 | ||
| Ret | 30 | ザウバー・メルセデス | 10 | ドライブシャフト | 9 | ||
| Ret | 20 | ラルース・フォード | 3 | エンジン | 22 | ||
| Ret | 27 | フェラーリ | 2 | エンジン | 5 |
- ミハエル・シューマッハはレース後の車検で、スキッドブロックが規定以上に削れていたため失格
脚注
- ^ それ以前の記録はアンドレア・デ・チェザリスの22歳と307日(1982年第3戦アメリカ西GP)。バリチェロの記録は2012年時点ではセバスチャン・ベッテル(21歳72日)、フェルナンド・アロンソ(21歳236日)に次ぐ3位となっている。
- ^ 車高を上げてダウンフォースを削減(コーナリングスピードを抑制)するための措置。ベルギーGPの2戦前のドイツGPより装着が義務付けられた。
| 前戦 1994年ハンガリーグランプリ |
FIA F1世界選手権 1994年シーズン |
次戦 1994年イタリアグランプリ |
| 前回開催 1993年ベルギーグランプリ |
次回開催 1995年ベルギーグランプリ |
「1994 Belgian Grand Prix」の例文・使い方・用例・文例
- 北米自由貿易協定は1994年に始まった。
- 商標法条約は1994年10月27日に採択された。
- 1994年度全米オープンテニス選手権大会.
- 1994年 6 月 25 日自筆署名捺印の上作成[発行].
- 1994年 (9 月)から 95 年 (6 月)までの学年.
- この法律は 1994 年 4 月 1 日に遡及する.
- 1994年にシンフェーン党の秘密の武装派としてアイルランドで形成されたテロ組織
- その市は1994年、共和党に投票した
- ナタールは1994年にクワズル・ナタールに改名された
- 英国の作家で、ドイツ生まれ(1905年−1994年)
- 米国の作家で、若い黒人青年とそのアメリカ社会での奮闘を描いた(1914年−1994年)
- 英国の化学者(エジプト生まれ)で、有機化合物の構造を研究するために結晶学を用いた(1910年−1994年)
- フランスの劇作家(ルーマニア生まれ)で、不条理劇の主要な主唱者(1912年−1994年)
- 南アフリカの政治家で、1994年に民主的に選出される最初の大統領になるため刑務所から釈放された(1918年生まれ)
- ギリシア人の映画女優(1925年−1994年)
- 英国の脚本家(1929年−1994年)
- 米国の化学者で、化学結合の性質を研究した(1901年−1994年)
- 英国の哲学者(オーストリア生まれ)で、科学理論が真実であることは決して証明できないが、それらを反証しようとすることで検証されると主張した(1902年−1994年)
- 米国の女優(イングランド生まれ)で、多くステージに、しばしば彼女の夫ヒューム・クローニンと一緒に出演した(1909年−1994年)
- オランダの経済学者で、計量経済学における業績で知られる(1903年−1994年)
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