14場所連続関脇在位を経て大関へとは? わかりやすく解説

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14場所連続関脇在位を経て大関へ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/09 01:21 UTC 版)

豪栄道豪太郎」の記事における「14場所連続関脇在位を経て大関へ」の解説

再び自己最高位となる西関脇昇進した2012年5月場所では、8日目横綱白鵬初め勝利し加えて把瑠都琴奨菊琴欧洲という3大関も破る活躍で8勝7敗と勝ち越し決め、初の殊勲賞を受賞した。この5月場所の後、同年3月場所前から違和感があったという左肘を内視鏡手術し、遊離軟骨除去行っている。自己最高位更新する東関脇の位置迎えた7月場所では、2日目琴欧洲破り7日目稀勢の里破ったものの、その稀勢の里戦で左脇腹痛めてしまい、その後出場して勝ち越し目前としていながら13日目の栃ノ心戦において上手投げ敗れた際に負傷箇所悪化させたために翌14日目から休場し結果的には7勝7敗1休という成績となって負け越した前場所で負け越したものの翌9月場所でも西関脇位置に留まった。 翌11月場所では幕内では自身初となる初日からの8連勝中日勝ち越し決めたその後9日目に横綱日馬富士敗れ12日目まで4連敗喫して優勝争いからは脱落したものの、2009年9月場所における把瑠都以来となる5大関全員を破る活躍見せて11勝4敗の好成績挙げて3回目技能賞を受賞した2013年4月23日には、豪栄道送迎担当する個人運転手同年2月20日豪栄道自宅侵入し腕時計300万円相当)を窃盗したとして、逮捕された。警視庁竹の塚警察署によると、容疑者は「夜中に車を使われるのが嫌だった。困らせてやりたかった」と供述した2013年5月場所は7勝8敗と5場所ぶりに負け越したが、翌7月場所は西関脇とどまりその場所では初日から3連敗したが、終盤に6連勝し8勝7敗と勝ち越した。 2013年7月場所初日相撲解説者舞の海秀平が「場所前にぎっくり腰になった」と明かしたが、豪栄道絶対に怪我のことを自分言いたがる力士ではない。 2013年9月場所では9場所関脇連続在位となり、史上3位タイ記録となったその場所では10日目横綱白鵬唯一の黒星付けその他に4日目大関琴奨菊5日目大関琴欧洲13日目に大関稀勢の里を破る活躍見せて11勝4敗の好成績挙げ2回目殊勲賞を受賞した。翌11月場所関脇連続在位10場所となり、関脇連続在位昭和以降では単独3位記録となった同年10月には、寝屋川市ふるさと大使委嘱寝屋川市役所から受け(2015年11月現在に至る)、同市役所には豪栄道等身大パネルトロフィーなど展示されている。 何度も大関取り逃して関脇停滞繰り返したことで一時期は「弱いから去年と同じ地位にいるんです」と自嘲気味だったが、2014年からは大関昇進公言して自らを奮い立たせようとした2014年1月場所は関脇連続在位11場所となり、関脇連続在位昭和以降では琴光喜に並ぶ2位タイ記録となった。翌3月場所関脇連続在位12場所となった関脇連続在位昭和以降では単独2位(1位は魁皇13場所連続)の記録となったまた、栃煌山関脇復帰したため、3関脇となった。3関脇は、2011年9月所以来である。その場所では、7日目大関琴奨菊13日目に横綱日馬富士千秋楽大関稀勢の里を破る活躍見せて12勝3敗の好成績挙げ3度目殊勲賞を受賞した。 翌5月場所関脇連続在位13場所となり、昭和以降では魁皇並び1位タイ。この場所は成績いかんで大関昇進にもなり得るが、10日目終えて5勝5敗と不調であった。それでも11日目横綱白鵬を破る殊勲の星を上げ千秋楽大関琴奨菊下して8勝7敗と勝ち越し決め4回目殊勲賞を受賞した。続く7月場所関脇連続在位14場所となり、昭和以降では単独1位の記録となった。この場所は14日目が終了した時点で「関脇安定しているので大関になってまだまだやれるだろう」と伊勢ヶ濱審判部長が関脇連続在位記録評価し理事会千秋楽琴奨菊戦で白星挙げることを条件として大関昇進認め方針決定した千秋楽取組では寄り切り琴奨菊下し事前に示され条件を満たす形で大関昇進決定づけた。 それから3日後の7月30日愛知県体育館開かれた日本相撲協会番付編成会議臨時理事会において、満場一致得て正式に豪栄道大関昇進決定した奇しくも師匠誕生日同日であった大阪府出身大関誕生は、1970年9月場所新大関となった前の山太郎以来44年ぶりである。埼玉栄高校からは初の大関協会直ち出来山理事大鳴戸審判委員愛知県丹羽郡扶桑町境川部屋宿舎使者として派遣し昇進伝達伝達式では、「謹んでお受けいたしますこれから大和魂貫いて参ります」と口上述べた。しかし、7月場所12日目の日馬富士戦で左外側半月損傷重傷負ったことを受けて、場所直後夏巡業全休した。 実母大関昇進が確実となった豪栄道について「小さいときから肉をよく食べていましたガキ大将でしたが、今もそのまま大きくなった感じです。大学進学することも考えてましたが、今はプロ入って良かった」と語っている。

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