0系さよなら運転
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2008年11月30日の定期運転終了後の翌12月6日、13日、14日にさよなら運転を実施することも発表された。同年9月24日の社長定例会見では、12月14日に新大阪 - 博多間を1往復する臨時「ひかり」(下りは6日・13日も運転)を0系の最後の運転とすることが発表された。後に、広島 - 博多間1往復の追加が発表された。 当日の運行状況は下記のとおり。 運転日列車名運転区間(始発・終着時刻)途中停車駅使用編成備考12月6,13,14日 ひかり347号 新大阪 14:56発 → 博多 18:01着 岡山・広島・小倉 R68(12月6,13日)R61(12月14日) 最後の0系「ひかり」(下り) 12月13日 ひかり355号 広島 14:42発 → 博多 16:30着 徳山・新山口・小倉 R61 11月11日に追加 ひかり356号 博多 10:12発 → 広島 11:45着 小倉・新山口・徳山 R61 12月14日 ひかり340号 博多 8:06発 → 新大阪 12:05着 小倉・徳山・広島・三原・岡山・姫路 R68 最後の0系「ひかり」(上り) 「サヨナラ」の語呂にちなんだ「ひかり347号」(列車番号9347A)は、ウエストひかり速達タイプ・Wひかりと同じく主要駅にしか停車しない運行で、赤地の「ひかり」の側面方向幕が久々に使用された。新山口駅では、500系「こだま659号」を0系「ひかり347号」が追い抜くシーンも見られた。12月14日には新大阪、広島、博多の各駅でお別れセレモニーが開催され、大勢のファンと報道陣が見届ける中、寄せられた5,460通のメッセージも搭載して運行された。このとき使用されたのはR61編成であり、乗客には記念乗車証が配られたほか、女性車内販売員の制服も山陽新幹線開業当時のものを着用するという演出もあった。また、同日には検索サイトGoogle日本語版トップページも0系と富士山の特別ロゴに変更された。これは同社のエンジニアに鉄道ファンがいたためとされる。イラスト提供は川島優志。 さよなら0系「ひかり」 編成表 ← 博多 新大阪 → 号車1 2 3 4 5 6 形式21形(Mc) 26形(M') 25形(M) 26形(M') 25形(M) 22形(M'c) 座席普通車 定員56 84 48 76 76 60 編成番号車両番号R617008 7208 7904 7011 7009 7008 R677951 7210 7902 7013 7008 7951 R687007 7213 7903 7012 7012 7007 全車普通車指定席、1号車のみ喫煙車両で運行。編成定員400名 このさよなら運転では万が一運行不能になった際に備え、R67編成が岡山支所に待機していた。12月14日の夜に博多総合車両所に回送され、この回送列車をもって0系は本線から完全に姿を消した。そしてR68編成が翌2009年1月23日付で廃車されたのをもって廃系列となった。 さよなら運転での臨時「ひかり340号」R68編成(2008年12月14日 姫路駅) さよなら運転での臨時「ひかり347号」R61編成(入線時)(2008年12月14日 新大阪駅) さよなら運転での臨時「ひかり347号」R61編成の赤地の側面方向幕(2008年12月14日 新大阪駅) 500系を追い越す臨時「ひかり347号」R68編成(2008年12月13日 新山口駅) 2月19日に、JR西日本は川崎重工業に、同社で製造されたR61編成の1号車であった21-7008(←21-7034←21-2012)を譲渡すると発表した。3月14日に博多総合車両所から搬出され、同社兵庫工場で保存される。また、大阪府吹田市の吹田操車場跡地に再開発して商業施設や公園を整備する計画(吹田貨物駅開発事業)があるが、そこに先頭車を保存し、展示することが決定された。そしてR68編成6号車であった22-7007(←22-7036←22-2022)が2009年6月11日に吹田操車場跡に搬入された。
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