高校を卒業後、広島へとは? わかりやすく解説

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高校を卒業後、広島へ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/03 08:36 UTC 版)

村下孝蔵」の記事における「高校を卒業後、広島へ」の解説

1971年高校卒業した村下は得意の水泳実業団新日本製鐵八幡製鐵所入り当時部員によると、高校実績残した1969年中部九州大会平泳ぎ100メートル優勝とはいえ実業団の中では平凡な選手で、水泳タイム伸びず、会社辞めよう思っていたら、工場長からギター弾けるんだからと会社のハワイアンクラブを勧められ入部宴会部長として活躍するが、ハワイアン自身音楽志向合わず同年9月同社退職。合昇平寮生活を送る中、ギターを弾く時間ほとんどないことに悩んだのだろうと推測している。当時父親東洋工業転職して広島市転居しており、音楽中心の生活を目指し村下広島移った当時広島フォーク聖地で、村下の頭には広島フォーク村存在があった。村下浜田省吾同学にあたり、もう1、2早く広島転居して吉田拓郎在籍時の広島フォーク村参加していたら、違う音楽人生になっていたかもしれない1972年日本デザイナー学院広島校インテリアデザイン科入学広島来て間が無い村下には友達がなく、平和公園一人ギターを弾くことが多かった間もなく平和公園近く広島本通木定楽器を見つけ、よく通うようになった初レコーディングは同店。『エレキの若大将』に憧れベンチャーズ心酔していた村下が、広島エレキ・ギターフォークギター持ち替え曲作り始めた理由は、当時広島吉田拓郎コピーをやる人が多くフォークギターを持たなければ仲間作れなかったためであった学校の仲間と4人グループカラフル」を結成して多くのフォーク・コンテストに出場し入賞同年夏、僅か300自主制作シングルひとりぽっちの中」を発表同校卒業ヤマハ広島店就職し、二年間ピアノ購入契約実績挙げ1975年からはピアノ調律師として勤務する傍らホテル法華クラブ広島ラウンジ弾き語りアルバイト等で地道に音楽活動継続した時代的フォーク徐々にバンドサウンドエレキ含んだロックニューミュージック系に形を変えつつあったが、村下は「アコースティック時代がまた必ず来るよ」と言っていたという。 中国放送ラジオ制作部那須和男ディレクターは、偶然観た村下演奏惹かれ、『たむたむたいむ』のパーソナリティー村下推薦するなど村下バックアップした。同番組で、村下当時まだ大学生だった西田篤史コンビを組む1978年那須担当していた全国ネット番組青春音楽列島』で紹介され大きな反響を呼ぶ。1979年には大学卒業した西田の初レギュラーである同局ラジオ番組ひろしま青春大通りヤンヤン放送局』(1979年10月11日終了日不明)の音楽コーナー担当したプロ歌手への誘いレコード会社への斡旋話もあったが、いずれも実現せず、「こうなった独力で何がなんでもカタチにしてみせる!」と資金稼ぎ奮闘しながら曲づくりに励む。東京貸しスタジオ料金の安い夜間だけ借り、既にプロになっていた往年の仲間駆けつけ伴奏機器操作担当して5日間で録音終え1979年ヤマハ退社し同年7月25日自費制作アルバムそれぞれの風』を発表。全11曲は当時思いを寄せていた女性イメージして作ったものがほとんど」と話していたという。レコーディング様子テレビ番組(『青春音楽列島それぞれの風」』)として放映された。この頃村下第2期広島フォーク村参加するなど広島音楽好きに知られ存在となっていた。村下は『それぞれの風』でヤマハ主催ポピュラー音楽コンテスト応募したが、受賞はならなかった。

※この「高校を卒業後、広島へ」の解説は、「村下孝蔵」の解説の一部です。
「高校を卒業後、広島へ」を含む「村下孝蔵」の記事については、「村下孝蔵」の概要を参照ください。

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