静町 (横手市)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/01 02:24 UTC 版)
静町 | |
---|---|
大字 | |
北緯39度19分53秒 東経140度32分36秒 / 北緯39.33139度 東経140.54331度座標: 北緯39度19分53秒 東経140度32分36秒 / 北緯39.33139度 東経140.54331度 | |
国 | ![]() |
都道府県 | ![]() |
市町村 | ![]() |
地域 | 横手地域 |
人口情報(2020年10月1日現在[1]) | |
人口 | 151 人 |
世帯数 | 50 世帯 |
設置日 | 1951年4月1日[2] |
郵便番号 | 013-0075[3] |
市外局番 | 182[4] |
ナンバープレート | 秋田 |
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静町(しずかまち)は、秋田県横手市の大字。郵便番号013-0075[3]。人口は151人、世帯数は50世帯(2020年10月1日現在)[1]。全域で住居表示は未実施[5]。旧横手町大字静町、旧平鹿郡朝倉村大字静町、旧平鹿郡静町村に相当する。
地理
横手地域の西部に位置しており[6]、東で八幡、西で上八丁、南で三本柳、北で杉目・上境と隣接する。水田を中心とする純農村地帯であり、北部には横手川から取水された三ノ堰が西流している[2]。南東から北西にかけては主要地方道である県道71号大曲横手線が通り、三ノ堰と県道の間に集落が形成されている[2]。
全域が都市計画区域に含まれるが、区域区分非設定区域となっている[7]。都市計画法上の用途地域には指定されていない[8]。
地名の由来
菅江真澄の『雪の出羽路 平鹿郡』によれば、戦国時代の頃、湧き水の湧出する町という意味で「清水ヶ町」と呼ばれ、それが後に転化して「静町」になったと言われている[9]。
小字
2024年(令和6年)10月5日時点での「横手市(秋田地方法務局大曲支局)登記所備付地図データ」[10]、デジタル庁公表の「アドレス・ベース・レジストリ」の「秋田県 横手市 町字マスター(フルセット) データセット」[11]、横手市公表のオープンデータ[12]によれば、静町の小字は以下の通りである。
町・字 | 出典 | |||
---|---|---|---|---|
大字 | 小字 | 登記[10] | 町字マスター[11] | 行政区一覧[12] |
静町 | 字赤口 | ○ | ○ | ○ |
字村東 | ○ | ○ | ○ | |
字長田 | ○ | ○ | ○ | |
字鶴田 | ○ | ○ | ○ | |
字払小屋 | ○ | ○ | ○ | |
字北小屋 | ○ | ○ | ○ |
歴史
正保4年(1647年)の『出羽一国絵図』では、静町新田村として村名が見え[13]、新田村扱いであったが、宝永から享保年間には静町村となっている[9]。 享保15年(1730年)の『六郡郡邑記』では静町村とあり、家数10軒、支郷にフコヤ村(畚小屋村、家数7軒)・北小屋村(同4軒)があるとされるが、『雪の出羽路』によれば畚小屋村が廃村になったとある[14]。また、『六郡御黒印村附帳』では、これまで静ヶ町村と称していたが静町村に改められたとある[13]。
沿革
- 1873年(明治6年)2月 - 秋田県第6大区小2区に属する[15]。
- 1889年(明治22年)4月 - 町村制施行に伴い、睦成村・静町村・杉目村・杉沢村・八幡村が合併し、朝倉村となる[15]。静町村は朝倉村大字静町となる[9]。
- 1933年(昭和8年)4月15日 - 朝倉村が横手町に編入[16][17]。横手町大字静町となる[18]。
- 1951年(昭和26年)4月1日 - 栄村と旭村が横手町に編入、同時に市制施行して横手市(初代)となる[19]。横手市静町となる[20]。
- 2013年(平成25年) 4月1日 - 鳳中学校・横手西中学校・金沢中学校が統合し、横手北中学校が開校[21]。
世帯数と人口
2020年(令和2年)10月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
大字 | 世帯数 | 人口 |
---|---|---|
静町 | 50世帯 | 151人 |
人口・世帯数の推移
以下は国勢調査による1995年(平成7年)以降の人口の推移。2000年と2005年はデータ無し。
年 | 人口 |
---|---|
1995年(平成7年)[22] |
211
|
2010年(平成22年)[23] |
157
|
2015年(平成27年)[24] |
154
|
2020年(令和2年)[1] |
151
|
以下は国勢調査による1995年(平成7年)以降の世帯数の推移。2000年と2005年はデータ無し。
年 | 世帯数 |
---|---|
1995年(平成7年)[22] |
51
|
2010年(平成22年)[23] |
46
|
2015年(平成27年)[24] |
47
|
2020年(令和2年)[1] |
50
|
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[25]。
番地 | 小学校 | 中学校 |
---|---|---|
全域 | 横手市立横手北小学校 | 横手市立横手北中学校 |
交通
鉄道
道路
施設
- 横手市立横手北中学校(字鶴田37番地)[26]
-
横手市立横手北中学校
脚注
- ^ a b c d e “令和2年国勢調査の調査結果(e-Stat)”. 総務省統計局 (2020年10月). 2025年6月22日閲覧。
- ^ a b c 角川日本地名大辞典編纂 1980, p. 790.
- ^ a b “郵便番号”. 日本郵便. 2022年3月21日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2022年3月21日閲覧。
- ^ “住居表示”. 横手市 (2021年9月28日). 2025年7月30日閲覧。
- ^ 角川日本地名大辞典編纂 1980, p. 791.
- ^ “都市計画区域・区域区分(線引き)”. 横手市 (2021年9月28日). 2025年1月3日閲覧。
- ^ “都市計画図(横手地域)”. 横手市 (2024年3月29日). 2025年1月3日閲覧。
- ^ a b c 角川日本地名大辞典編纂 1980, p. 322.
- ^ a b “横手市(秋田地方法務局大曲支局)登記所備付地図データ”. G空間情報センター. 一般社団法人社会基盤情報流通推進協議会 (2024年10月5日). 2025年3月25日閲覧。
- ^ a b “秋田県 横手市 町字マスター(フルセット) データセット”. デジタル庁 (2024年7月5日). 2025年1月14日閲覧。
- ^ a b 横手市総務企画部情報政策課情報政策係: “横手市の行政区”. オープンデータ. 横手市 (2022年5月24日). 2025年3月25日閲覧。
- ^ a b 平凡社 1980, p. 239.
- ^ 横手市 2010, p. 658.
- ^ a b 横手市史編さん 1981, p. 15.
- ^ 角川日本地名大辞典 1979, p. 787.
- ^ 横手市史編さん 1981, p. 68.
- ^ 角川日本地名大辞典 1979, p. 322.
- ^ 角川日本地名大辞典編纂 1979, p. 787.
- ^ 角川日本地名大辞典編纂 1979, p. 322.
- ^ “沿革”. よこてをつなごう. 横手北中学校. 横手市教育委員会. 2025年8月1日閲覧。
- ^ a b “国勢調査 / 平成7年国勢調査 小地域集計 / 小地域集計 05秋田県”. 総務省統計局. 2025年7月24日閲覧。
- ^ a b “国勢調査 / 平成22年国勢調査 / 小地域集計 05秋田県”. 総務省統計局. 2025年7月24日閲覧。
- ^ a b “国勢調査 / 平成27年国勢調査 / 小地域集計 05秋田県”. 総務省統計局. 2025年7月24日閲覧。
- ^ “横手市立小中学校通学区域に関する規則”. 横手市. 2022年3月24日閲覧。
- ^ “横手市立学校設置条例”. 横手市. 2025年8月1日閲覧。
参考文献
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典』 5(秋田県)、角川書店、1980年3月。全国書誌番号:80016503。
- 平凡社地方資料センター 編『日本歴史地名大系』 5(秋田県の地名)、平凡社、1980年6月。全国書誌番号: 80028503。
- 横手市史編さん委員会『横手市史』 昭和編、横手市、1981年11月3日。doi:10.11501/9570576。
- 横手市 編『横手市史』 通史編 近世、横手市、2010年3月。全国書誌番号: 21995094。
外部リンク
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