電波少年的○○人を笑わしに行こう
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/14 08:55 UTC 版)
「進ぬ!電波少年」の記事における「電波少年的○○人を笑わしに行こう」の解説
カラテカの矢部太郎が挑戦した企画で、様々な国の言葉を学習しその国の人々を笑わせるというものだった。応援歌はTM NETWORK「CASTLE IN THE CLOUDS (YABE VERSION)」。この企画では食事の前に会話テストが行われ、正解すると食事ゲットというのが基本的なルールとなっている。出題方式や食事の内容などは以下の通り異なる。 アフリカ人を笑わしに行こう 「○○人を笑わしに行こう」の最初の企画。スワヒリ語をマスターし、コントで現地の人を笑わせるのが目標。「東大一直線」と「どこでもいいから一直線」で使用された坂本ちゃんの部屋で行われ、現地人が部屋に来て問題を出題という方式が取られた。この後、「ケイコ先生」という名のアフリカ人女性が1日30分のみ家庭教師を担当した。この時の食事の内容は「アフリカ駄洒落飯」で、アフリカだけにアフリイカ(あぶりイカ)定食などが当初は出されていたが、後に苦しくなってきたため視聴者からもネタが募集された。なお。採用されたネタの中に漫画家のつのだじろうが投稿したものがあった(他の投稿者と同ネタであったため、テロップでは「つのだじろうさん(漫画家)ほか9名」と紹介)。 モンゴル人を笑わしに行こう 出題方式は「アフリカ人を〜」と同様。食事は現地人が作った料理が出されるが、会話テストに失敗すると出題者が矢部の料理を没収する方式となっていた。また「アフリカ人を〜」の時とは違い辞書等は用意されず、モンゴル語の学習は現地の家族が事実上の家庭教師を行った。企画中は現地の家族とともに生活し、その際日本のさまざまな場所を旅し、矢部はバスガイドとして案内を行った。最後の会話テスト「共同生活で何を学んだか?」で「家族の愛を学んだ」と答え、家族を号泣させた。なお、家族が帰ってから、公演までのわずかな期間においては、アフリカ人の時と同様に「モンゴルダジャレ飯」が出された。また、公演後は家族と再会し(家族は帰る際に、「私たちの家は、ウランバートルから離れているから観に行くことはできない」と話したが、実際は矢部に内緒で公演を観賞していた)、家族の住む家に招待され、乗馬やゲル等、本場モンゴルでの生活を体験した。部屋はアフリカ人編に引き続き、坂本ちゃんの部屋を使用した。 韓国人を笑わしに行こう 翌年に日韓ワールドカップを控えてるのだが、教科書問題、靖国問題で揺れている日韓関係の修復も兼ねた。これまでと異なり、出題方式は部屋に置いてあるテレビからの出題となり、部屋も「懸賞生活 in KOREA」でなすびが使用された韓国での部屋となった。なお、この部屋に連れてこられた際に矢部はなすびと対面している。韓国語の学習は、なすびも韓国語を習得する際に使用した日韓・韓日辞書、ラジオで行った。テストの合否にかかわらず青唐辛子が食べられたが、テストに合格したときは「毎日でもいい」といったことから焼肉のみが出た。会話テストには外出編も出題され、本企画としては初の海外ロケであった。 オランウータンを笑わしに行こう ボルネオでのロケを実施。本企画としては、初めて人間以外を対象に行われた。食事は、オランウータンに分けてもらったバナナであった。 日本人を笑わしに行こう 2002年1月1日のスペシャル生放送中に、スタジオ観覧者を対象にネタを考えるという極限の状況の中で実施した。 コイサンマンを笑わしに行こう アフリカ(スワヒリ語が通じない民族)でのロケを実行し、矢部の相方の入江慎也も登場した。この時は一緒に生活している現地人の食事が食べられたが、現地人の料理である草団子(草をちぎってつぶしただけの物)を食し悲鳴を上げたこともある。また3連続正解ボーナスとしてバナナが出された際、矢部が「カイジャー!!(現地語で「おいしい」)」と叫んだために、コイサンマンが集まり、バナナを奪われるという出来事があった。矢部の高い語学力ゆえに起きた悲劇だった。 現地人の祭りのときにネタを披露する予定であったが、本来の祭りの日であることに2人は気づかず後日再び祭りを開催してもらいネタを披露した。2人は現地でのロケの際、勉強中に背後をライオンが通ったこともあるが、2人は勉強に集中していたためにライオンに全く気づかなかった。
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