補給物件艤装
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/23 07:56 UTC 版)
搭載量はディーゼル装備艦で戦車の他に人員320名、貨物26トン、タービン装備艦で人員200名、貨物22トンの計約250トン搭載可能とした。タービン装備艦はその後の船体補強などにより、人員120名、合計約220トンに減少した。搭載能力を上げるために上甲板も使用することにし、戦車の搭載スペースとしては、艦内の船倉と上甲板の2か所が用意された。各種戦車の搭載可能数は以下の通り。 戦車の種類上甲板船倉計特二式内火艇 4 3 7 特三式内火艇 3 2 5 特四式内火艇 2から3 2 4から5 九七式中戦車 4 5 9 九五式軽戦車 8 6 14 船倉と艦首通路の間には傾斜した内扉が設置されており、この内扉は、上甲板の車両を艦首通路に下ろすためのスロープ兼用となっており、上甲板には内扉に対応した開口が設けられている。航海中は内扉を降ろし門扉と2重の防水壁を構成し、上甲板の開口は木板等で塞がれた。船倉内の戦車を揚陸する時には内扉を上げて船倉との通路が開かれる。門扉、内扉の上げ下ろしは揚錨機のワーピングドラムを使用して艤装の簡易化を図った。また揚錨機の故障を考慮し予備として人力装置も設置した。揚錨機等の被害で内扉を上げることが不可能になる場合を想定して、まず船倉内の戦車を揚陸、次に内扉を降ろして上甲板の戦車を揚陸する順序としていた。 陸軍の資料では戦車の登坂角度は30度となっており、内扉の表面は木板なのでその傾斜角度は23度とした。陸軍の資料は土手での値であり、実物の内扉を陸上に設置して実験してみると、表面の乾湿等の状況により場合によっては登坂出来ないことがあった。内扉表面にシュロの筵を2枚敷くことでどんな状況でも登坂出来る事が判ったが、解決には約3カ月かかった。この時には既に第1艦が艤装工事終了に近く、解決策が出なければ艦が完成しても運用が出来ない状況だったという。 門扉の形状で一番望ましいのは艦首が左右に観音開きになり導板を繰り出す形状だったが、急速建造に対応するために門扉は簡単な1枚な平板とし、それを導板と兼ねる形状にした。この形状は水の抵抗が大きくなりウォーターハンマー現象に対する強度は特に注意した。門扉のパッキンは通常のゴムでは防水が保てないため、シュロ縄で防水処理を行った。また接岸揚陸時に門扉を開くと、開口部から巻波で海水が浸入する恐れがあった。このため門扉はなるべく高い位置に設置され、船倉へ続く通路は内扉の場所で一時的に高くされた。この場合でも通路の傾斜は23度以内となるように設計された。 船倉内はなるべく平坦になるように設計された。また船倉はなるべく幅を広げて容積を確保したが、一方で舷側が被害を受けた時に一挙に浸水しないよう、両側面は舷側との間に防水区画を設けた。防水区画は横隔壁で4つに分けられ、また片舷浸水時の傾斜が大きくならないよう、一つは反対舷の防水区画と二重底で繋げてあった。防水区画の内部は戦車搭乗員や輸送人員の居住区に使用され、上甲板には昇降用ハッチが左右2個ずつ設置された。船倉との隔壁は準ガソリン・タイトとし、船倉の空気を直接外に排出するように通風トランクを設置して、船倉内での戦車のエンジン起動を可能にしていた。 陸上から戦車を揚陸する際は、艦首のバラストタンクに注水して擱座、離岸する時には艦首のそれは空に、艦尾のタンクに注水して離岸を容易にする計画とした。また後進のみでの離岸は不充分と思われたので、2.3トン(1.2トン)の艦尾錨を設置した。接岸前(150 mから200 m沖)に投錨しておき、離岸時に揚貨機(ウィンチ)でワイヤを巻き上げて離岸の補助とした。この投錨は揚陸中に船体が横を向くのを防止する働きもあった。なお艦尾錨に錨鎖を使わずにワイヤとしたのは隠密性を考慮して、動作音を抑えるためだった。 搭載物資は全て艦首門扉から搬出する計画だったが、実施部隊の要求により艦橋前の上甲板に小型ハッチ2個を設け、付近に3.5トン・デリックを装備した。
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