芸術作品の中に見られるユダ
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「イスカリオテのユダ」の記事における「芸術作品の中に見られるユダ」の解説
多くの「最後の晩餐」を描いた絵で、ユダは次のように表現されている。一人だけ、頭に光冠(後光)が描かれない。 一人だけ、机の反対側に座っている。 衣は黄色の場合が多い。レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』では、伝統的な表現法を廃し、みなと同じ側に座らせ、金の入った袋と思しきものを握らせている。 イエスを逮捕する時に行なった接吻・「ユダの接吻」は非常に有名で、後世にも『ゴッドファーザー PART II』でも描写されているようにイタリアのマフィアが裏切り者を処刑する際、この行動を真似るという風習が存在した(死の口づけ)。 ダンテの叙事詩『神曲』地獄篇においては、地獄の最下層、裏切者が葬られる地獄第九圏の氷地獄コキュートスの中央で、魔王に噛み締められるというもっとも残酷な罰を受ける最重罪人として描かれている。コキュートスは四円に区切られているが、このうち中央の円はユダに因む「ジュデッカ」と命名されている。 邦題『最後の誘惑』として映画化されたニコス・カザンザキスの小説『キリスト最後のこころみ』は、イエスに信頼され、裏切りの役を引き受けるというユダ解釈を示している。 太宰治の短編『駈込み訴え』は、イエスを裏切る愛憎入り混じった複雑な感情を、ユダの一人称独白体で描いている。 ロックオペラ『ジーザス・クライスト=スーパースター』では、ジーザスを愛するがゆえに、その暴走を止めるために裏切る。そしてその役目を負わせた神に呪いの言葉を吐き、自殺する。 武田泰淳の小説『わが子キリスト』に登場するユダは沈着冷静な現実主義者であるが、同時に虐げられたユダヤの民衆に対して強い同胞愛を抱く人物でもある。新興の大商人であるユダは貿易を軸とした経済成長によってユダヤの民衆を貧困から解放しようと考えているが、その一方、宗教という自分とは異なる立場から人々を救おうするイエスをユダヤの民に必要な救世主と認めており、やがてイエスの処刑が避けられなくなると自らを犠牲にしてその「復活」を画策する。 ヘンリック・パナスによって書かれた『ユダによれば 外典』では、ユダは現実主義者として描かれ、ユダを通して語られるイエスも神の子ではなく天賦の才を持った人間として描かれる。ユダはイエスのことは裏切っておらず、教えを引き継ぐように言われる。しかし、誰ひとりとしてユダを信じようとはぜず異端者扱いされた、としている。 さいとう・たかをの劇画『ゴルゴ13』の主人公・ゴルゴ13のコードネームは、ゴルゴダの13番目の男=ユダを示しているとされている。エピソードのひとつ「15-34」では、自身をキリストと認識したコンピュータプログラム「ジーザス」が、2000年前の復讐としてゴルゴを抹殺しようとする。 安彦良和の漫画『イエス』では、ユダはイエス一行の会計係として登場し、イエスの正体を見極めようとして行動を共にする現実主義者として描かれている。またイエスに敵対する大祭司カヤパのスパイとしても暗躍し、イエスを利用しようとする熱心党のバラバの行動にも注視している。作品に登場する架空の弟子ヨシュアに裏切りを非難されると、イエスについて「ただ並よりも物事のよく見える人間」であって、彼を救世主に祭り上げたのは弟子たちの愚かさによるものだと語った。 中村光の漫画『聖☆おにいさん』では、ダンテの『神曲』をほぼなぞっているが、(ギャグ漫画という性質はあるものの)地獄から解放され、イエスや他の使徒とも和解していることが描写されている。本作は大英博物館でも展示された。 赤松健の漫画『UQ HOLDER!』では、「結城夏凜」という名前で登場。「神の呪い」により体を世界から断絶されたことで体に起きた事象はすべて書き換えられるため、不死身となっている。 水無月すうの漫画『JUDAS』では主人公として登場(JUDAS/ジューダスはJUDA/ユダの英語読み)。筋骨たくましい青年として描かれ、死神として依り代を使役し狩る。ヨハネの黙示録を引き起こすペテロ筆頭の他の十二使徒と戦う設定になっている。
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