義和団の台頭-山東省の状況-とは? わかりやすく解説

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義和団の台頭-山東省の状況-

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/03 06:48 UTC 版)

義和団の乱」の記事における「義和団の台頭-山東省の状況-」の解説

乱の主体となった義和団山東省発生した19世紀末山東省ではドイツ進出が目立つようになり、それに伴い仇教事件頻発するようになったドイツは、山東省国家権益観点のみならず孔子生地である曲阜キリスト教布教観点からも特に重視していた。そして山東省における熱烈な布教活動はその反動として民衆排外的な感情呼び起こし、時を追うごとに高まっていったのである義和団は、 太平天国における拝上帝会のようにその起源単一のものに特定できない。そのため白蓮教的な拳法由来するという説と、団練という地方官公認自警団求める説とがある。以下は日本及び中国比較支持されている説に基づく。 山東には元々大刀会という武術組織があった。この会は初め盗賊捕まえて役所突き出すなど、郷土防衛治安維持担った自警団性格をもっていた。やがてカトリック信者一般民衆との土地争い介入1897年カトリック側を襲撃し教会破壊神父殺害決行した曹州教案)。こうした動きに対してドイツ抗議をうけた清朝弾圧し、一旦鳴りを潜めるうになる。しかし1899年になると山東省西北方面勢力拡大し、そのころ神拳という一派融合していった。 また山東別の箇所でも、在地武術組織キリスト教対立する事件発生した例によって教会建設端を発する土地争い裁判不利な判決言い渡され一般民衆が、梅花拳という拳法流派助け求めたのが、きっかけである。梅花拳はその流派を3,000人ほど集め1897年教会襲撃したその後歴史ある梅花全体累が及ぶのを避けるため、「義和拳」と改名した。これは反キリスト教を梅花以外の人々多く参加し始めた状況対応する意味もあった。反キリスト運動広がり見せる中で、各地グループ次第統合していき、義和拳となったのである以上に挙げた武術組織は、極めて強い宗教的性格有し内部ではシャーマニズム的な儀式をも行なっていた。そうした組織崇拝する神は、齊天大聖孫悟空神格化)や諸葛亮趙雲など(庶民娯楽『西遊記』『三国志演義』から神格化されたもの)であった義和団では、呪術によって神が乗り移った者は刀槍不入をとなえ、刀はおろか銃弾すら跳ね返すような不死身になると信じられていた。 義和拳勢力拡大燎原野火如く急激であったが、それには地方大官取り締まり消極的だったことも一因である。山東巡撫毓賢(いくけん)は、義和拳攻撃対象キリスト教関連施設限定されていることをもって、彼らに同情的で、義和拳取りまろうとした平原県知県逆に罷免し、義和拳団練として公認しようとすらした。「義和拳」が「義和団」と呼ばれるうになるのには、こうした背景があったのであり、以下の文章では「義和団」に統一する1899年末、毓賢欧米列強要求によって更迭されかわって袁世凱赴任し義和団鎮圧した。しかしそれは山東省外への義和団拡大もたらす結果となった

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