燕三条系ラーメンとは? わかりやすく解説

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燕三条背脂ラーメン

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/12/24 01:19 UTC 版)

ラーメン > 新潟県のラーメン > 燕三条背脂ラーメン
燕市発祥の背脂ラーメン

燕三条背脂ラーメン(つばめさんじょうせあぶらラーメン)とは、新潟県県央地域燕市三条市)を中心に提供されている、豚の背脂を入れたご当地ラーメン。発祥の新潟県燕市や隣接する三条市を中心として広まっているため、燕三条系と呼ばれている[1]:188

概要

新潟県県央地域における背脂ラーメンは、1932年(昭和7年)に福来亭の前身となる屋台中国浙江省出身の徐昌星が燕町(当時)で開業したのが発祥とされている[2]:61[3]:2-3。徐は翌年、福来亭を開業した[4]

徐は昭和30年(1955年)前後に、この地域の地場産業である洋食器工場の工員に出前するラーメンについて、工員達の要望で味を濃くした上でバランスを考えて豚の脂を加え、さらに出前しても麺が伸びにくいように、小麦粉の原料を中力粉から強力粉に変え[2]:186-187、麺を極太にした[3]:4[5][6]。出前をしてもスープが冷めないように蓋をするかのように大量に背脂が入れられる[6]。背脂ラーメン普及前、背脂は精肉店などで廃棄されることが多い部位だった[4]

この極太麺はうどんのようとも表現される[5]煮干しなどの魚介類出汁が効いた、濃口醤油スープに、豚の背脂が表面を覆っているのが特徴[5]。具のうち薬味野菜としては長ネギではなく玉ネギが用いられることが多い[7]

名称にはぶれがあり燕三条背脂ラーメン[8]:6[9]:12[10]:86-87[11]:13[12]のほか、燕三条系ラーメン(つばめさんじょうけいラーメン)[13][14][2]:61,187[6]燕背脂ラーメン(つばめせあぶらラーメン)[3]:5[15]:16[16][17]:206[18][19]とも紹介されている。単に背脂ラーメン燕系ラーメンと呼ばれることもある[注 1]

石神秀幸による新潟四大ラーメンの分類では燕三条流背脂ラーメン[20]または燕三条背脂ラーメン[21]:109-111として紹介されている。また、大崎裕史は、著書で新潟の四大ご当地ラーメンの背脂系として紹介している[22]:181[1]:187-188

岩岡洋志は、このラーメンが「背脂チャッチャ系」の元祖なのではないかと推測し[2]:186-187、石神秀幸が監修した漫画『ラーメン発見伝』も「燕三条ラーメンは背脂チャッチャ系よりも遥かに長い歴史がある」としている[23]

三条市に本社のあるタクシー会社「中越交通」は、貸し切りで運転手がおすすめする背脂ラーメンの店を案内する「燕背脂ラーメンタクシー」を運行している[16]

2022年(令和4年)には、文化庁が選ぶ「100年フード」の「未来の100年フード部門」で、背脂ラーメンが選ばれている[24][25]

代表的な店舗

  • 杭州飯店[5][26][2]:186-187[22]:181[1]:188[27]
    徐昌星は「福来亭」の創業後、2号店「杭州飯店」を開き、こちらに本店を移した[21]:110
    徐昌星の息子である徐勝二が2代目、孫の徐直幸が3代目として継いでいる[4]
  • 福来亭(閉店)[22]:181[1]:188
  • まつや食堂[22]:181[1]:188
  • 酒麺亭 潤[22]:181[1]:188

脚注

注釈

  1. ^ 新潟4大ラーメンが注目され始めた2005年頃には「背脂ラーメン」と雑誌に紹介されていた[5]

出典

  1. ^ a b c d e f 大崎裕史『日本ラーメン秘史』日本経済新聞出版社〈日経プレミアシリーズ〉、2011年10月12日。ISBN 978-4532260811 
  2. ^ a b c d e 岩岡洋志『ラーメンがなくなる日』主婦の友社〈主婦の友新書〉、2010年12月10日。ISBN 978-4072756591 
  3. ^ a b c 燕の背脂ラーメン発祥80年」『広報つばめ』平成25年11月1日号、燕市、2013年11月1日、2-5頁、2021年11月13日閲覧 
  4. ^ a b c [木枯らし2024]不屈の元祖・燕背脂/火事から再起 守り抜いた味読売新聞』夕刊2024年12月20日(社会面)
  5. ^ a b c d e 『新潟のラーメン屋』株式会社ジョイフルタウン〈月刊新潟タウン情報 MOOK〉、2005年、88頁。 
  6. ^ a b c 新潟郷土史研究会『新潟「地理・地名・地図」の謎 意外と知らない新潟県の歴史を読み解く!』実業之日本社〈じっぴコンパクト新書〉、2015年1月6日、187頁。ISBN 978-4408111155 
  7. ^ “新潟名物・燕の背脂ラーメン 進化の裏にある職人への愛”. 朝日新聞デジタル. (2020年11月23日). https://www.asahi.com/articles/ASNCQ6WK2NCNUOHB00C.html 2021年11月13日閲覧。 
  8. ^ 産業観光を核とした観光振興に関する調査業務 報告書” (PDF). 国土交通省 北陸信越運輸局 (2015年3月). 2020年3月18日閲覧。
  9. ^ 地球の歩き方編集室『W32 日本のグルメ図鑑 47都道府県の名物料理を旅の雑学とともに解説』Gakken〈地球の歩き方BOOKS〉、2024年2月8日。ISBN 978-4058021590 
  10. ^ モトツーリング編集部「全国王道ラーメン完全網羅ガイド」『モトツーリング』2023年3月号、内外出版社、2023年2月。 
  11. ^ 鳴見なる「六十五杯目 温泉ラーメン」『ラーメン大好き小泉さん』 9巻、竹書房〈バンブーコミックス〉、2020年8月28日。ISBN 978-4-8019-7041-0 
  12. ^ 新潟県 県民生活・環境部 新潟暮らし推進課 (2019年12月20日). “にいがたじかん” (PDF). 新潟県庁. p. 4. 2021年11月13日閲覧。
  13. ^ “燕市内36のラーメン店の「自慢の1杯」収録したラーメンマップ「燕ラーメン 三十六カ所*お遍路マップ」完成”. ケンオー・ドットコム. (2008年8月27日). http://www.kenoh.com/2008/08/27ramen.html 2020年2月23日閲覧。 
  14. ^ 田中貴 (2017年7月7日). “「燕三条系ラーメン」がじわじわと勢力を拡大中! 田中 貴も足繁く通う“背脂煮干し”の実力とは?”. 毎日新聞. https://mainichi.jp/articles/20170707/gnw/00m/040/004000c 2020年2月23日閲覧。 
  15. ^ 北陸地方整備局令和2年度新規事業候補箇所説明資料 一般国道116号吉田バイパス” (PDF). 国土交通省 北陸地方整備局 (2020年2月13日). 2020年3月18日閲覧。
  16. ^ a b “背脂ラーメン 新潟県燕市 職人向け、がっつりした味”. 毎日新聞. (2019年2月26日). https://mainichi.jp/articles/20190226/ddl/k23/100/255000c 2020年2月24日閲覧。 
  17. ^ 田中貴『ラーメン狂走曲』ワン・パブリッシング、2021年12月27日。ISBN 978-4651201726 
  18. ^ 新潟県包括外部監査人 公認会計士 植草寛 (2019年3月). “平成30年度 包括外部監査の結果報告書”. 新潟県. p. 12. 2020年2月23日閲覧。
  19. ^ 新潟5大ラーメンはこれを食べるべし! 地元情報誌『Komachi』が選ぶ10店”. 新潟のつかいかた. 新潟県広報広聴課 (2018年6月7日). 2020年2月23日閲覧。
  20. ^ 『月刊新潟Komachi』2007年10月号、ニューズ・ライン、2007年、34頁。 
  21. ^ a b 石神秀幸『ラーメンの真髄』KKベストセラーズ〈ベスト新書〉、2007年7月25日。ISBN 978-4584121542 
  22. ^ a b c d e 大崎裕史『無敵のラーメン論』講談社、2002年3月20日。ISBN 978-4061495951 
  23. ^ 久部緑郎、河合単 2002.
  24. ^ 背脂ラーメン”. 食文化あふれる国・日本. 文化庁. 2022年4月27日閲覧。
  25. ^ 新潟5大ラーメンの先陣を切って燕・背脂ラーメンが文化庁「100年フード」に認定”. ケンオー・ドットコム (2022年4月27日). 2022年4月27日閲覧。
  26. ^ 一個人編集部『大人のラーメン大賞』KKベストセラーズ、2008年、137頁。ISBN 978-4-584-16589-8 
  27. ^ 長橋亮文 (2020年11月23日). “新潟名物・燕の背脂ラーメン 進化の裏にある職人への愛”. 朝日新聞デジタル. 2022年3月8日閲覧。

参考文献

関連項目


燕三条系ラーメン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/15 13:53 UTC 版)

らーめん潤」の記事における「燕三条系ラーメン」の解説

燕三条系ラーメンは、燕市三条市中心として広まっているためそう呼ばれており、:188また、新潟5大ラーメンの中で言うところの背脂系とも呼称される。 他には、「長岡生姜しょうが醤油」「新潟濃厚味噌」「新潟あっさり醤油」「三条カレー」があるが、県域が広いためメディア取材しやすく、取り上げられやすい範囲新潟県でも中越下越偏ってしまっているためである。[要出典] 燕三条系ラーメンの特徴は、煮干し効いたしょうゆ味しょっぱいスープに背脂加えられており、麺はうどんのように太い極太麺、具材チャーシューメンマ、そして大きめに刻まれ玉ねぎ入っているという点等が挙げられる。 燕三条系ラーメンの元祖は、昭和初期燕市創業した福来亭であるが、閉店している。ここから出た燕市杭州飯店昔ながら代表的な人気店である:188。燕三条系ラーメンの元祖である福来亭の創業昭和7年頃。屋台営業からその歴史が始まる。店主は徐昌星。当時の燕は、現在の朝日町幸町付近に金属加工工場数多くあり、徐氏は中央通り屋台構える。火力の弱い屋台では細麺しか茹でることができず、麺に合わせるスープは現在とは全く違ってさっぱりした薄味翌年昭和8年には燕駅近く穀町店舗構える。 今(杭州飯店)の味になり始めたのは昭和12年頃。汗を沢山かく工場で働く人からの要望で、少しずつしょっぱくしていった研究改良重ねた結果、ただしょっぱいだけではなく味に甘味まろやかさを出すために、中国では一般家庭でも料理に使う背脂入れることを思いつくことになる。 昭和30年代には出前だけで1日800杯に達したため、届け時間長くなると麺が伸びてしまう。そこで、より伸びにくい麺にするために、小麦粉原料中力粉から強力粉変え、今の太さに近づいてきたらしい。 なお、徐昌星は、その技術自分のものだけにはせず「燕」のものとするために、同業者である他店にも技術指導したとされる。 燕三条系ラーメンは、背脂チャッチャ系元祖との仮説あり。

※この「燕三条系ラーメン」の解説は、「らーめん潤」の解説の一部です。
「燕三条系ラーメン」を含む「らーめん潤」の記事については、「らーめん潤」の概要を参照ください。

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