器具の発明と改良
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/25 14:26 UTC 版)
ヨーロッパに広まったコーヒーは多くの人に飲まれるようになるにつれ、イブリク(イブリーク)というポット状の容器に入れて煮出すトルコ式の淹れ方から、大型の水差し型の容器に豆を入れて煮出すようになる。やがて煮出したコーヒーに混ざる豆の滓を取り除くために、粉末にした豆を麻の袋に入れて煮出す方法が考案され、袋が次第に短くされて布ドリップに発展した。1763年にフランスのドン・マルティンによってネル付きのドリップ・ポットが発明され、1800年頃にドゥ・ベロワが改良したポットは、後世のドリップポットの原型になった。1908年にはドイツのメリタ・ベンツ夫人によって使い捨てのペーパードリップが発明され、ペーパードリップは大成功を収める。 濾過式のコーヒー器具の発達とは別に、19世紀初頭にトルココーヒーのポットを参考にした浸潰法の器具が発明され、1842年にフランスでコーヒーサイフォンの原型となる器具が発明される。水蒸気を応用したエスプレッソ方式はイタリアで改良が進められ、フランス、ドイツなどにも伝えられる。各地に広まったエスプレッソコーヒーは、それぞれの土地で独自の淹れ方が追求された。 フランスではコーヒーの風味を追及してパーコレータなどの新型のコーヒーポットが開発され、アメリカでは大量生産に重点を置いた焙煎機・包装技術の改良が試みられる。1864年にジェイベズ・バーンズによって、自動的に豆の中身が取り出されるように改良された焙煎機が開発された。従来はコーヒーの消費者はそれぞれの家庭で買った豆を焙煎していたが、1865年頃にピッツバーグで初めて焙煎済みの豆が販売される。消費者に焙煎済みの豆を売り出す発想はすぐに広がり、製品の供給のために大型の焙煎機が発明された。コーヒーの鮮度を保つ包装方法としては真空パック、バルブなどがあり、風味の劣化の原因となる豆の酸化を抑えるための工夫がされている。 1901年には、ニューヨーク州バッファローで開催されたパンアメリカン博覧会で、日本人科学者の加藤サトリによって世界最初とされるインスタントコーヒー(水に溶けるコーヒーという意味で「ソリュブル・コーヒー 英語: soluble coffee」と名付けられた)が出展される。。ソリュブル・コーヒーはツィーグラーの北極探検隊によって買い取られたが、インスタントコーヒーは当時の消費者の関心を惹きつけるには至らなかった。インスタントコーヒーは第一次世界大戦と第二次世界大戦中のアメリカ軍兵士に歓迎され、第二次世界大戦後に世界中に広まっていった。1960年代までに手間を要さないインスタントコーヒーの消費量は増加していき、家庭調理用コーヒーの約3分の1を占めるまでになった。ソビエト連邦時代のロシアではトルコ風の煮出しコーヒーが飲まれ、ドリップやフィルターはあまり普及しなかった。良質なコーヒーの入手が困難なこともあり、ロシアでは「泥臭い」コーヒーよりも輸入品のインスタントコーヒーが好まれていた。 一方、世界規模でのコーヒーの普及に伴い、コーヒーに含まれるカフェインの作用と有害性への批判が高まった。20世紀初頭のドイツでは、コーヒーからカフェインを取り除く技術が発明される。脱カフェインを謳った代用コーヒーが多く発明され、その1つとしてポスタム(英語版)が知られている。
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