古代の青とは? わかりやすく解説

古代の青

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/26 06:29 UTC 版)

「青」記事における「古代の青」の解説

洋の東西を問わず古代には青色日常異なった別世界の色とされる傾向があり、日常世界では重要な役割果たさないか、ときに死体の色を連想させることなどから忌避される色でもあった。石器時代通じ、青は作り出すことも難しく青く染色されるものはほとんどなかった。黒に対し明るさを担う白、鮮やかさを担う赤という多く古代社会での3つの基本色対し、青は象徴的意味の弱いその他の色に甘んじ色の分類機能に加わることも少なかったヨーロッパではこうした傾向12世紀ごろまで続いた古代ギリシャでは色相積極的に表す語彙そのもの少なかった青色を表すためには2つ言葉、キュアノス (kyanos, κυανός) とグラウコス (glaukos, γλαύκος) が用いられたがその意味曖昧である。前者のキュアノスはシアン (cyan) の語源ラピスラズリの深い青色をさして用いられたものの、むしろ明度の低い暗さ意味し黒色紫色茶色をも表したホメロスはその深み神秘的なものや、恐ろしげなもの、または珍しいものを形容するのに好んで使用している。一方グラウコスは瞳や海の形容として用いられたが、青色緑色灰色、ときに黄色茶色をも表し、むしろ彩度低さ意味していた。緑内障を表す英語グローコーマ (glaucoma) の語源はこのグラウコスであり、多く場合失明危機もたらす緑内障などの疾患わずらったくすんだ瞳の色を表すのに用いられている。 古代ローマでも青はあまり注目されず、青とされるラテン語のカエルレウス (caeruleus) はむしろの色、あるいは緑色黒色表していた。ローマでは青は喪服の色であり、何よりケルト人ゲルマン人などの野蛮さ象徴する憎むべきもしくは回避すべき色であった例えば、青い瞳を持つことは醜さのひとつのようにみなされタキトゥス青く体を染めたブリトン人軍隊を「幽霊軍隊」と呼び大プリニウスブリトン人女性が体を青く染め忌まわしい儀式を行うと主張した古代ギリシャ古代ローマとも虹の色をさまざまに分類したがそこに青が加えられることはなかった。 中国でも青は人のものではないという意味合いがあった。道教あの世この世を結ぶ門であるとされる中国豊都鬼城の門は青色塗られており、手を触れると死期近づくされる。 他の民族では、青く染めることが行われ、青ないし緑は神秘さや異世界の色を表しもした。中東エジプトでは魔除けの色であり、また死者を守る葬儀や死と結びついた色でもあった。バビロンイシュタル門は青い彩釉煉瓦彩られインドカーリダーサシヴァ神肌の色を青と表した。『旧約聖書』では翻訳による色彩用語の変遷大きいものの、神の足元もしくは玉座には青いサファイアがあった。 その後ヨーロッパで12世紀に青はそれまで控えめ地位捨て数十年のうちに最も美しい色だとされるまでになる大変化遂げた。この時期絵画の中の聖母マリア服装喪に服す暗い青や黒から明るい青へと変化しマリア崇敬とともに青の地位向上していくことになった

※この「古代の青」の解説は、「青」の解説の一部です。
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