借用と発展
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/09 22:08 UTC 版)
現在までに発見されている文字体系は、あまり多くないいくつかの系統に分類できる。つまり、現在知られる文字体系のほとんどは、ほかの文字体系を借用し、発展させて成立したことがわかっている。借用はさまざまなレベルで行われるが、それぞれの系統には#分類の節で述べたさまざまな類型に属する文字体系が現れる。また、個々の文字体系の中でも、さまざまな造字手法を発展させてきた。 文字という着想 事実や意志の伝達を目的とし、耐久性のある媒体に記され、言語と関係した記号の体系、という着想。これには、一定の種類の記号だけを使うことも含まれる。この着想は単一の起源を持つと考える研究者もいるが、作業仮説の域を出ない。現在でも、この着想に基づいて計画的に文字体系をつくり出そうとする試みは多い。 書記媒体 書記媒体(粘土に楔形の記号を記す、布や紙に墨と筆で書く、など)を借用して、異なる文字体系を表記するのに用いた例は歴史上多い。 線条性 線条的に書くという方式の発展。初期の表語文字には記号の順序からは読む順序が判然としないものがあるが、後の文字体系では、区切り記号を導入して文を語に分析して順番に表記したり、文字や字母を単位として線条的に表記することが一般化した。 書字方向 かつては、ある行から次の行へ移ると書字方向を反転させて書き進めることがしばしば行われた。これをブストロフェドン(希: βουστροφηδόν、牛耕式とも)と呼ぶ。文字の需要が増大してより速く大量に書くことが求められるようになるにつれ、各行を一定方向に書くことが増えるが、右から左へ、左から右へ、上から下へなどのどの書字方向を選ぶかは、文字体系によって異なる。借用の際に書字方向を変更したため、文字の図形を反転(左右の変更の場合)したり、90度回転(左右と上下の変更の場合)した例もある。 会意と形声 表語文字では、複数の記号を組み合わせてより複雑な意味を表す手法が発展した。たとえばエジプトヒエログリフで、「書く」を意味する文字と「人」を意味する文字を組み合わせて (書記)を表す。「人」の文字はこの語の発音とは何の関係もない。このように、意味範疇を限定するための記号を限定符(英: determinitive、決定詞、漢字では義符とも)と呼ぶ。また、限定符に発音を表す文字(音符、漢字では声符とも)を付加して表したい語を特定することもある。エジプトヒエログリフの場合、明確さを向上させるために複数の限定符や音符を付加することもある。漢字ではこの手法はより体系化されており、それぞれ会意および形声と呼ばれている。 音の借用 表語文字から特定の文字をいくつか借用して、その文字の表す意味から類推される発音を表すものとして使う。つまり、表語文字を借用して表音文字として使うのである。たいてい、元の語は1音節ないしは複数の音節で発音されるので、借用の際には語頭の子音や音節だけを表すものとみなす。これを頭音法(英: acrophony。頭字法とも)と呼ぶ。たとえば、エジプトヒエログリフでは、「脚」を表す文字 (発音は b)を[b]の音を表すのにも使うし、万葉仮名や平仮名では、漢字の「安」を「あ」の音を表す文字に転用している。 すでにある言語で使われている表音文字を借用して、別の言語を表記するものとする例は非常に多い。この場合、元の文字体系では表せない発音があったり、借用先の言語にはない発音を表す文字があったりする。そこで、似た発音の字母を変形したり、識別記号(ダイアクリティカルマークなど)を付加したりして文字体系を拡張する。たとえば、ラテン文字のCは当初[k]と[g]の音両方を表したが、後に2つの音が区別されるようになったため、Cに鈎を付けてGとした。場合によっては、必要ない字母をまったく別の音の表記に転用することもある。フェニキア文字は子音のみを表記するアブジャドだったが、ギリシア語表記に借用された際にギリシア語表記に必要のない字母が母音の表記に転用され、アルファベットとなった。このような事情から、文字体系の字形が似通っていても個々の文字の表す発音は大きく異なることがある。 意味の借用 表語文字の文字はひとつひとつが言語の語に対応しているので、文字を借用して自分たちの言語の語を表すものとする。つまり、文字を書いてその意味を固有語の発音で読むことにする。日本語の訓読みはこの代表的な例である。かつて朝鮮語でもこの方法が行われたことがある。ごくまれに、表音文字でもこのような借用が見られる。
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