ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第21番 ハ長調「ワルトシュタイン」
英語表記/番号 | 出版情報 | |
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ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第21番 ハ長調「ワルトシュタイン」 | Sonate für Klavier Nr.21 C-Dur "Waldstein" Op.53 | 作曲年: 1803-04年 出版年: 1805年 初版出版地/出版社: Bureau d'art et d'industrie |
楽章・曲名 | 演奏時間 | 譜例![]() |
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1 | 第1楽章 1.Satz Allegro con brio | 10分00秒 |
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2 | 第2楽章 2.Satz Introduzione-Adagio molto | 5分30秒 |
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3 | 第3楽章 3.Satz Rondo-Allegretto moderato | 9分00秒 |
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作品解説
1803年、ベートーヴェンはヴァルトシュタイン伯爵よりエラール製の新しいピアノを贈られた。伯爵はベートーヴェンのボン時代にもシュタイン製のピアノを贈っており、ベートーヴェンがウィーンへ発つ際、記念帳に「不断の努力をもってモーツァルトの精神をハイドンの手から受け取りたまえ」と書き記したことはよく知られている。
この作品の第2楽章は、当初現行のものとは異なり、およそ8分の演奏時間を要すものあった。しかし初演の後に、作品全体の演奏時間が長すぎることに不満をもった貴族らの助言により現行のものに差し替えが行われた。当初の第2楽章は、現在《アンダンテ・ファヴォリ》WoO.57という独立した作品として出版されている。
中間楽章のテンポ設定が当初Andanteであり、差し替えによってAdagioとなったことは、ベートーヴェンのこの時期の3楽章制ソナタを考える上で興味深い。というのも、Op.57の《熱情ソナタ》や、Op.81aの《告別ソナタ》も、中間楽章のテンポ設定はAndanteなのである。ベートーヴェンは両端楽章の内容の充実にともなう規模拡大にともなって、中間楽章を遅い深刻なものではなく、比較的軽やかな楽想を差し込もうと考えていたのかもしれない。
なお、この作品が「3楽章制」か「2楽章制」かという議論がしばしば持ち上がるが、現行の第2楽章を第3楽章の一部分とするような要素はどこにもなく、当初の楽章構想からも、この作品は明確に「3楽章制」である。
(第1楽章)4分の4拍子 ハ長調 ソナタ形式
[提示部]
低音部の和音連打と高音部の前打音をともなう落下音型による主要主題は、ハ長調に続いて変ロ長調であらわれ、聴き手の意表をつく。確保(第14小節~)では和音連打がトレモロへと変化する。推移(第23小節~)を経て、主調にたいして長3度上のホ長調でコラール風の副次主題が提示される(第35小節~)。8分3連音符の分散和音をともなった副次主題の確保(第43小節~)の後、この3連音符の動機にシンコペーション・リズムが重なる。8分3連音符の音型から16分音符へと移行し、特徴的なリズムによりる和音の刻み(第62小節~)、和音の分散音型(第66小節~)といった移行動機が切れ間無く織り成されてコデッタに至る。
[展開部+再現部]
まず、主要主題の動機が徹底的に展開される(第90小節~)。コデッタから引き続いたヘ長調から始まり、ハ長調、ハ短調、ト短調、ハ短調、ヘ短調、変ロ短調、変イ長調、ヘ短調とめまぐるしく転調してようやくハ長調へ戻ると、今度は副次主題の確保であらわれた8分3連音符の動機とシンコペーション・リズムが展開される(第112小節~)。こちらもハ長調からヘ長調、変ロ長調、変ホ短調、ロ短調(変ロ音、変二音、変ト音をそれぞれ嬰イ音、嬰ハ音、嬰へ音へ異名同音読み替え)、ハ短調へと転調を繰り返す。ハ長調の属和音(ト・ロ・ニ)の保属音と16分音符の装飾的な音型が引き延ばされ、第155小節目でフォルティッシモに到達して一気に再現部(第156小節~)へなだれ込む。
再現部における副次主題は、主調のハ長調ではなくまずイ長調であらわれ、イ短調で繰り返された後、8分3連音符をともなう確保においてはじめてハ長調であらわれる。副次主題は、主要主題に比べて確保をともなうことは少ないが、こうした再現部における移調プロセスが、提示部において副次主題を確保した理由を明らかにしている。
[コーダ]
この作品では、コーダは「第2の展開部」として拡大されている。コーダは第249小節から、まず主要主題が変ニ長調であらわれることではじまる。主題の素材(和音連打、落下音型)が装飾的な音型をともなって発展し、属七和音のフェルマータにたどり着くと、今度は副次主題のコラールがハ長調であらわれる(第284小節~)。最後にもう一度主要主題だあらわれ、たたみかけるように楽章を閉じる。
(第2楽章)8分の6拍子 ヘ長調 Introduzione
“Adagio moltoきわめて遅く”と指示された“Introduzione導入”楽章。主題は付点リズムと和音刻みからなり、付点リズムがアウフタクトとなって発展する部分(第10小節~)を挟み、冒頭の主題が回帰する(第17小節~)3部分形式。
回帰した主題は低音部が分散和音化され、付点リズムと分散和音が発展してコーダとなる。第3楽章の主調であるハ長調の属和音(ト・ロ・ニ)の上にト音が鳴り響き、第3楽章へ移行する。
(第3楽章)4分の2拍子 ハ長調 ロンド・ソナタ形式
前楽章から切れ間無く移行し、中音域での分散和音伴奏の上に鐘の音を連想させるようなロンド主題がピアニシモで鳴り響く。主題はオクターヴで確保(第31小節~)された後、急速な音階パッセージと長いトリルの上にもう一度あらわれる(第55小節~)。
16分3連音符の分散和音による推移を経て、イ短調で第2の主題あらわれる(第71小節~)。ロンド主題の動機が無伴奏で繰り返された後、ロンド主題が回帰する。
ロンド主題は冒頭と同様、分散和音伴奏、オクターヴ奏、トリル奏をともなって3度あらわれ、今度はハ短調の中間楽句へ突入する(第175小節~)。ロンド主題の動機が、今度は無伴奏ではなく和音化されて繰り返され、次に分散和音の伴奏をともなって発展する。
この長大な展開的な推移を経て、ロンド主題はオクターヴ奏のフォルティシモで再現されるに至る(第313小節~)。トリル奏をともなってもう一度繰り返されると、16分3連音符の分散和音による推移部分に入るが、これが拡大されて発展してコーダを導く。
Prestissimoのコーダ(第403小節~)ではロンド主題が徹底的に展開される。“1-5”という指使いの指示がある急速なオクターヴの音階パッセージ(第465小節~)や、37小節にも及ぶ長大なトリルを弾きながらのロンド主題の演奏など、演奏技巧上の極めて困難な箇所が続く。ロンド主題の執拗なまでの反復によって楽曲を締めくくる手法は、《交響曲第5番Op.67》をも予感させる。
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