バイアルス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/10 03:08 UTC 版)
当シリーズのペットネームである「バイアルス(ラテン文字表記:Bials)」は、まだ「トライアルス」(現在の日本語では単数形で『トライアル』と呼ぶが、発売当時は複数形で呼んでいた)という競技が一般的でなかった当時に「オートバイ」の意味の「バイク」と「トライアルス」を掛け合わせて造った語である。語構成は[ 造語(固有名詞): Bials < 造語: bi- + -ials < en: bike(バイク)+ trials(trialの複数形)]で、かなり強引な造り。ロゴタイプは、オットー・ヴァイセルト作のものに代表される、アール・ヌーヴォーを象徴する書体であるアルノルト・ベックリン(英語版)をベースにデザインされている。 TL125 1973年(昭和48年)1月30日に発売された国産初のトライアル用市販車である。当時の販売価格は152,000円(全国標準現金価格)。輸出分を含む生産数は月産2,500台。 「トライアルの神様」と呼ばれたイギリス人(北アイルランド人)サミー・ミラー(英語版) (1933- ) が開発に携わった。搭載された空冷4ストロークSOHCエンジンはCB・SLの125㏄モデルと基本設計が共通で、特性を入門用マシンとして初心者でも扱いやすくチューニングされた。その結果、日本国内で一気にトライアル熱が高まり、1979年(昭和54年)まで販売された。 エンジンの内径/行程は、ヘッドカバー一体の初期型が 56.0/49.5 (mm) で排気量122cc、別体となる後期型が 56.5/49.5 (mm) で排気量124ccとなる。 TL250 1973年( 昭和48年)12月にヤマハはイギリスの天才ライダーで「トライアルの魔術師」の二つ名を持つミック・アンドリュース(英語版) (1944- ) の協力を得て市販車TY250Jを発売したが、対抗するため125ccより高い戦闘力を持つモデルとして1975年(昭和50年)に発売された。2ストロークエンジンを搭載するTYよりも車重的に不利にもかかわらず内径x行程:74.0/57.8 (mm) の4ストロークエンジンは扱いやすく高い評価を得た。 なお、国内4大メーカーの他2社におけるトライアル車の開発については、スズキはイギリスのビーミッシュと共同でRL250を開発したが他排気量への展開は見られず、カワサキはワークスレーサーのKTとその技術による市販車(競技専用車のみ)を発表している。 TL50 1976年(昭和51年)に発売。CB50系のエンジンを搭載し最高出力は4,2ps。タイヤは18・17インチのため競技用ではないが、クラス内でも軽量の車体はTY50とともに入門用として評価された。 TL200R バイアルスTL125のエンジンをベースに内径/行程を64.0/61.5 (mm) へ拡大したコンペマシン。 TL200RII TL200Rからのフルモデルチェンジ車。エンジンは基本設計をXL125Sと共用しておりオイルラインを外側に移動したため内径/行程を66.0/57.8 (mm) としたほか、アンダーガード素材を旧型のFRPからアルミニウム製へ、マニュアルトランスミッションを5速から6速へ、点火装置をポイントからCDIへするなどの変更点がある。
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