森博嗣 森博嗣の概要

森博嗣

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/08/25 06:53 UTC 版)

森 博嗣
(もり ひろし)
誕生 1957年12月7日(56歳)
愛知県
職業 作家工学博士
国籍 日本の旗 日本
活動期間 1996年 -
ジャンル ミステリィ
代表作 すべてがFになる
スカイ・クロラ
主な受賞歴 メフィスト賞(1996年)
処女作 『すべてがFになる』
配偶者 ささきすばる
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人物

1957年12月7日、愛知県に生まれる。実家は主に商店など、商業施設の建築設計を請け負う工務店だった。

東海中学校・高等学校を卒業後、名古屋大学工学部建築学科へ進学、同大学大学院の修士課程修了後に三重大学工学部の助手として採用される。その後母校の助教授として勤務していた。

1990年、「フレッシュコンクリートの流動解析法に関する研究」で名古屋大学から工学博士を取得した[1]

1995年の夏休みに処女作[注釈 1]『冷たい密室と博士たち』を約一週間で執筆[2]。原稿募集が始まったメフィストに投稿し、編集部から次作の要望を受ける[3]。第4作『すべてがFになる』の完成後、メフィスト編集部がメフィスト賞の誕生を発表[3]。『すべてがFになる』が第1回メフィスト受賞作となる。1996年4月のデビュー作『すべてがFになる』刊行時には第5作目までが刊行予定とされていた[4][注釈 2]。それ以降も大学で勤務しながらハイペースで作品を発表し、一躍人気作家となる。当初の著者プロフィール[注釈 3]では「国立N大学助教授」や「某国立大学の工学部助教授」としていたが、2005年に大学を退職した後は「作家」や「工学博士」などに変更している。

教員時代の海外へ短期留学の時期及び三重大学に勤務していた時期以外は、故郷の愛知県に居住していた。現在では「西洋」の「涼しい国」に在住している模様[5]

家族

妻は同人活動で知り合ったイラストレータのささきすばるで、小説家としてデビュー後は小説の挿絵や絵本で共著がある。

かつて飼っていたシェットランド・シープドッグの「森都馬(もり とうま)[注釈 4]」が、2005年3月24日に死んだ後は、同じくシェットランド・シープドッグの「パスカル」及び「ヘクト」を飼っている(両方とも雄)。

趣味

学生時代から多趣味であり、鉄道模型・飛行機模型・音響装置・自動車などについて、ホームページ上で記述が多く見られる。特に小学生の頃にHOゲージから始めた鉄道模型は、デビュー後に購入した敷地に5インチゲージの庭園鉄道「欠伸軽便鉄道弁天ヶ丘線」(2010年5月で廃線)や「梵天坂線」を「開業」し、車両制作のために大型の工作機械を導入するなど、本格的なレベルで活動している。鉄道には招かれた作家や編集者以外にも、ファンの集いなどで乗車会を行っている。愛犬の森都馬はこの庭園鉄道の「駅長」を長く務めた。都馬の死後は、パスカルが「駅長」、ヘクトが「助役」を務めている。

自動車好きを公言しており、愛車は予約して購入したホンダ・ビート[注釈 5]と、印税を元に購入したポルシェ・911[注釈 6]。他にミニクーパーや、光岡キットカー「K-2」[注釈 7]なども所有している。

交友関係

同時期にデビューした京極夏彦、森の影響を公言し「神」とまで評価する西尾維新、哲学者の土屋賢二らとは複数回対談を行っている。特に京極や土屋とは一緒に旅行へ行く程の仲だという[6]。また森に続いてメフィスト賞でデビューした清涼院流水の作品にゲストとして参加したり、清涼院が立ち上げたThe BBB(作家の英語圏進出プロジェクト)に参加するなどしている。他にもよしもとばななとは家族ぐるみの交流がある。その一方で小説家の知り合いは少ないとも発言しており、文庫版の解説に起用されるのも、落語家や学術関係者など出版業界とは関係の薄い人物や、同人作家時代に知り合った漫画家であることが多い。

学術業績

専攻は主にコンクリートなどの建築材料の数値解析に関する分野(粘塑性流体の数値解析手法)で、当時登場したばかりのC言語を利用しており、構造計算に関する専門書も執筆した。また計算だけでなくコンクリート標本の曝露試験など屋外実験も行っている。

1988年に、谷川恭雄[注釈 8]、黒川善幸[注釈 9]らと共に「振動力を受けるフレッシュコンクリートの流動解析法 」で、第16回セメント協会論文賞を受賞。谷川と黒川は、名前を伏せた上で日記に登場したほか、Mシリーズに登場する人物のモデルにもなっている。

毛利衛エンデバー号内部で紙飛行機を飛ばす実験を行う前に、パソコン通信で懸賞問題として出された「無重力状態で紙飛行機の挙動」を理論的に予測し的中させた[7]JAXAによる説明[8]とは答えが異なっているが、これは前提となる環境条件が違うため[注釈 10]。賞品として小さなトロフィーが贈られたという。

大学の卒業制作(図面)は図書館建築士の資格は有していないが、試験問題の作成を担当したことがある[9]

作品の特徴

理系

作者が工学部の助教授であったことに加え、デビュー当時は一般的でなかったコンピュータや電子メールを駆使する人物、科学や工学分野に関する専門的な会話が説明無しに交わされたり、作中で難解な数学問題が提示されるという展開から「理系ミステリ」と評された。

理系と称される要因の一つとして、「外来語のカタカナ表記において音引きを省略する」という原則を徹底していることが挙げられる。これは理系分野においては一般的に外国語の単語をカタカナに直す際に長音を省くことが多いためであるが、森の場合、日常語においても、音引きを略するのが特徴的である。かつて日本工業規格(JIS Z 8301)において「その言葉が3音以上の場合には、語尾に長音符号をつけない」という規定があった[10]。「コンピュータ」など一部の語のみ長音記号を省略する小説家はいたが、これを徹底して小説に持ち込んだ。また、独自のルールとして子音+yで終わる言葉には「ィ」を用いている(例:mystery → 「ミステリィ」)[11]

作風

論文や科研費の申請書などの事務書類で覚えたという論理的な文章でありながら、作中に詩や歌詞が挿入されるという展開、「意味なしジョーク」と称されるシュールなジョーク、最後まで答えが明かされない難解なパズルや数学問題など、既存の作家には見られなかった特異な作風が話題となった。

当初は広義の推理小説を中心として執筆していたが、次第にSF幻想小説架空戦記剣豪小説などの他ジャンル、ブログの書籍化、エッセイ、絵本、詩集といった他の分野へも進出を果たした。

本人によれば、推理小説ではストーリーに意外性を持たせるために先のことを考えずに執筆し、だいたい5割ぐらいまで作品ができてきたところで初めて犯人を誰にするか考えるという。本人曰く「何が真相かというのを自分も知らずに書いていれば『まさかこれはないだろう』というふうにできる」とのこと。そのせいでつじつまの合わないところが出てきた場合はそのシーンに戻って修正を加えるという。過去にはきちんとストーリーのプロットを固めてから執筆したこともあるが(『冷たい密室と博士たち』)「それだと全然意外じゃない」とのことで現在のような作風になった。後述するようにタイトルだけを先に決めて、それに合わせてトリックを考えることも多い[12]

執筆ペース

デビュー後から驚異的なペースで刊行を続けている。特に文庫化され始めたデビュー3年目以降は年に10作品以上が刊行される状態であり、2004年には毎月1冊以上刊行して合計27冊、2006年にも合計26冊を記録した(文庫落ちを含む)。かなりのハイペースであったが、出版業界で常態化していた締め切りに多少遅れるのが普通、という姿勢を知らなかったため[注釈 11]、遅れないように一部の依頼を断っていた。このため事前に確約した締め切りに遅れることはなかった[注釈 12]

デビューから10年ほど過ぎた頃から、趣味に使う時間を増やすため刊行ペースを落としたが、文庫を含むと年に10冊を超えることが多い。

タイトル・引用

ほとんどの作品の扉または巻頭部分に、引用文が載せられている。引用元は『オブジェクト指向システム分析設計入門』(青木淳著 ソフト・リサーチ・センター刊)のような専門書から、『不思議の国のアリス』のような古典文学まで多岐にわたる。この引用文の役割は、

  • 両作が同じ主題を提示する
  • 両作が同じ方法論を提示している
  • 引用文が主題に反する「裏もしくは副次的テーマ」になっている

などである[13]

また、日本語タイトルに先んじて考えるという英語タイトルは、その著作を本質的に表しているものになっている。一方で「スカイ・クロラ」や「奥様はネットワーカ」のように、英語のタイトルも同じになっている作品もある。実際推理小説ではタイトルのみを先に決めて、それに合わせて後から内容やトリックを考えることが多いという(本人が明らかにしているものとしては「すべてがFになる」「封印再度 Who Inside」など)[12]

執筆環境

デビュー前から一貫してMacユーザであり、ワープロソフトはクラリスワークスインプットメソッドATOKが気に入らなかったた[14]め、ことえりを使っていたが、後にATOKへ移行した。

京極夏彦と共に手書きやワープロ専用機ではなく、デビュー当初からパソコンで執筆を完結させる作家の先駆けとされている。

同人作家として

高校時代に同級生であった堀田清成[注釈 13]らと漫画研究同好会設立に参画、機関紙「べた」を創刊するなど、積極的に活動を行っていた。絵のタッチは、崇拝する萩尾望都に限りなく近いと自称している。

大学進学後は漫画研究会を設立[15]しており、漫画家の荻野真とをかべまさゆきは研究会の後輩だった。学外でも堀田らと同人サークル「グループドガ」を主宰し、創作オンリー[注釈 14]という当時でも硬派な同人誌即売会「コミック・カーニバル」を開催していた。グループドガ解体後は、後に妻となるささきすばるが会長を務める「出版JetPlopost[注釈 15]」で活動するなど、当時は東海地方の同人業界では中心的な存在であった[16]。当時のペンネームは「森むく」。当時のJetPlopostには、山田章博やコジマケンなどが在籍しており、小説家としてデビュー後に2人のイラストが森の本に採用されている。1980年代中盤から同人の商業化が東海地方にも波及するのに前後し、同人からは引退。同人作家時代のエピソードは、米澤嘉博が「数奇にして模型」の文庫版の解説で言及している。

小説家としてデビュー後、作品が漫画化されたりイラストを描くことはあったが、2013年現在まで新作のオリジナル漫画は発表していない。

執筆活動の縮小

デビュー当初から執筆活動を「対価を得るためのビジネス」というスタンスをとっており、いずれ執筆をやめる、とまで宣言していた。2008年12月には、ブログの更新も終了[注釈 16]。今後一切の取材、講演会などを引き受けず、ファン・メールへの返信もやめ表舞台から姿を消すこと、予定している15作品(長編小説のみで)の出版を残すのみであることを発表した[17]。この発表の前にも、森は「今確実なことは、いつまでも続けるつもりではないこと、今後は少しずつ表に出る機会を減らし、人知れず地味に静かに消えたいと願っていること、である」と述べている[18]

以降は当初の目的である「ビジネスとして」ではなく「趣味としての」小説に切り替える[19]一方で、趣味である「欠伸軽便鉄道」に関しては積極的にレポートの更新や動画投稿、専門誌への寄稿を継続してる。またノンフィクションも定期的に出版する予定があると予告し[20]、実際に2010年以降はノンフィクションの出版を増やしている。また、以前お世話になった編集者からの依頼を受けて、前述した15作品の予定に無かった作品も執筆しており、予定はあくまで予定にすぎないことが明らかになっている。

2008年12月31日に「最後のご挨拶」とされ、以後近況を書くことはないとされていたが、そのちょうど5年後の2013年12月31日、「久し振りのご挨拶」として近況報告が行われた。心境に若干の変化があったためとされる[21]

なお、「引退する」と述べたことはない旨の発言をしていたが、現在では「作家を引退した」と明言している[22]




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注釈

  1. ^ ここでは初めて描き上げた小説の意。小説家デビュー作は『すべてがFになる』。
  2. ^ 森博嗣『森 博嗣のミステリィ工作室』(講談社文庫)218、219ページによれば、森の第4作目『すべてがFになる』執筆時に、『すべてがFになる』を最初に発行することが決まった。そのため、登場人物の年齢やコンピュータに関する記述や通信技術など物語の時間を3年ほど戻して書きなおした。また、先の3作についても改稿が必要だった。
  3. ^ 小説やエッセイでは「名古屋大学助教授」と明記したことはないが、専門書には所属先の記載がある。
  4. ^ 萩尾望都の『トーマの心臓』に由来するもので、「都」も「望都」から借用した字である。また「S&Mシリーズ」などに登場する西之園萌絵の飼い犬、西之園都馬のモデルとなった。
  5. ^ 納車時にコンパニオンと写真撮影をしてもらえるサービスがあったという。
  6. ^ ボディが青色であるため、日記などでは「青の6号」という名で呼ばれている。
  7. ^ 自身が所属していた研究室の院生らと組み立てたもので、以前は制作レポートがネット上に公開されていた。ボディの色はセロハンテープの台から採色。
  8. ^ 現在は名城大学教授
  9. ^ 現在は鹿児島大学准教授
  10. ^ JAXAは理想的な環境で考え、森は現実に近い環境で考えた。
  11. ^ 他の作家との会話中に、指摘されて初めて知ったという。
  12. ^ 一度、間に合わなくなりそうだったため、事前に締め切りを延ばして貰ったことはあるという。
  13. ^ ほったゆみの夫
  14. ^ このためか名古屋大学漫画研究会は2013年現在でも二次創作禁止を表明している
  15. ^ 「ジェット・プロポスト社」との表記もある。
  16. ^ もともと書籍化を前提に原稿料を受け取って執筆しているものだった
  17. ^ 「すべてがFになる」の文庫判で解説を担当している。
  18. ^ 京極夏彦以外の作家は講談社製のもの
  19. ^ 前述の通り結果的な受賞である
  20. ^ Perfect Readers Association of Mori's Mysteriesの略

出典

  1. ^ 森博嗣フレッシュコンクリートの流動解析法に関する研究 森博嗣”. 国立国会図書館. 2013年12月14日閲覧。
  2. ^ 森博嗣 「第2部 いまさら自作を語る」『森 博嗣のミステリィ工作室』 講談社〈講談社文庫〉、2001年12月15日、第1刷、222頁。ISBN 4-06-273322-6
  3. ^ a b 清涼院流水 『秘密室ボン QUIZ SHOW』 講談社〈講談社文庫〉、2006年5月15日、第1刷、巻末特別付録 p.06。ISBN 4-06-275403-7
  4. ^ 清涼院流水 『秘密室ボン QUIZ SHOW』 講談社〈講談社文庫〉、2006年5月15日、第1刷、巻末特別付録 p.06、08。ISBN 4-06-275403-7
  5. ^ 『つぼやきのテリーヌ』202頁
  6. ^ TRUCK & TROLL
  7. ^ スペースシャトルの実験 浮遊工作室(飛行機製作部)
  8. ^ JAXAによる説明
  9. ^ 森博嗣の浮遊研究室
  10. ^ JIS Z 8301 2005年版では、「原則として長音をつける」に変更されているが、改訂年度によってさらなる変更がある。
  11. ^ 2005年11月8日の記事(現在閲覧不能)
  12. ^ a b 『先崎学の実況!盤外戦』(講談社文庫、2006年)pp.209 - 211
  13. ^ 宝島文庫「森博嗣本」より
  14. ^ 日記では「比喩ではなく本当にゴミ箱へ捨てた」と記述がある。
  15. ^ bluewatersoft - 設立メンバーでソフトウェア開発者山本康彦の略歴
  16. ^ ぱふの1979年12月号では、東海地方の中心的な存在として取り上げられていたこともある。
  17. ^ 最後のご挨拶
  18. ^ [1](現在閲覧不能)
  19. ^ 常識にとらわれない100の講義
  20. ^ 「科学的とはどういう意味か」まえがき
  21. ^ 浮遊工作室 (近況報告) - So-net
  22. ^ 『つぼやきのテリーヌ』40頁
  23. ^ 『本』1996年9月号および『森博嗣のミステリィ工作室』より
  24. ^ 2007年6月10日の記事(現在閲覧不能)
  25. ^ 映画『スカイ・クロラ』劇場パンフレットの作品へのコメント
  26. ^ 誤植”. MORI LOG ACADEMY (2006年1月6日). 2008年6月7日閲覧。(現在閲覧不能)
  27. ^ 中国語に訳す場合”. MORI LOG ACADEMY (2005年10月9日). 2008年6月7日閲覧。(現在閲覧不能)
  28. ^ 封印サイトは詩的私的手記







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