出芽酵母 細胞の構造

出芽酵母

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/04/05 15:25 UTC 版)

細胞の構造

出芽酵母の細胞内構造はおおむね真核生物に共通である。細胞も参照のこと。

一倍体細胞は長径 5 μm 程度の卵形(酵母型)をしており、二倍体細胞はそれより若干大きく、両端が多少とがったようなレモン型をしている。細胞の形を決定しているのは最外層にある細胞壁である。細胞壁は高分子多糖類であるグルカン、マンナンを主成分とする。その直下に細胞膜があり、フェロモン受容体や様々な輸送体が機能している。

の直径は 1 μm 程度で、核膜細胞周期を通じて消失しないという点、ラミンによる裏打ち構造が存在しない点で、ほ乳類細胞等と異なる。小胞体は核膜に連続したものの他に、網状のネットワークが細胞膜直下の表層部に存在する。ゴルジ体はシス、ミディアル、トランスと機能的に分化して存在するが、それらは層板状にはなっておらず、細胞中に分散したかたちで存在している。液胞リソソーム同様の機能を果たしており、細胞の中で大きな空間を(直径 1-3 μm 程度)を占めている。ゴルジ体は初期エンドソーム、後期エンドソームの存在もともに知られている。初期エンドソームは液胞間、細胞膜と液胞間の物質の流れを介在する。ミトコンドリアペルオキシソームも常に存在し、炭素源の栄養状態に応じて発達してくる。

細胞骨格としては、紡錘糸を形成する微小管細胞極性を形成するアクチンケーブル、細胞膜上に存在するアクチンパッチ、細胞質分裂に関与するセプチンなどの存在が知られており、各々の制御因子が遺伝学的解析により詳細に報告されている。

有用微生物としての出芽酵母

パン酵母(乾燥)[2]
100 gあたりの栄養価
エネルギー 1,310 kJ (310 kcal)
43.1 g
食物繊維 32.6 g
6.8 g
飽和脂肪酸 0.79 g
一価不飽和 3.71 g
多価不飽和 0.04 g
37.1 g
ビタミン
チアミン (B1)
(766%)
8.81 mg
リボフラビン (B2)
(310%)
3.72 mg
ナイアシン (B3)
(147%)
22.0 mg
パントテン酸 (B5)
(115%)
5.73 mg
ビタミンB6
(98%)
1.28 mg
葉酸 (B9)
(950%)
3800 µg
ビタミンC
(1%)
1 mg
ビタミンD
(19%)
2.8 µg
ミネラル
ナトリウム
(8%)
120 mg
カリウム
(34%)
1600 mg
カルシウム
(2%)
19 mg
マグネシウム
(26%)
91 mg
リン
(120%)
840 mg
鉄分
(100%)
13.0 mg
亜鉛
(36%)
3.4 mg
(10%)
0.20 mg
セレン
(3%)
2 µg
他の成分
水分 8.7 g
水溶性食物繊維 2.5 g
不溶性食物繊維 30.1 g
ビオチン(B7 309.7 µg

別名: ドライイースト 
%はアメリカ合衆国における
成人栄養摂取目標 (RDIの割合。

紀元前2000年前のメソポタミアでは既にパン酵母を用いてパンが作られていた。ビール酵母も紀元前1500年頃から記録がある。日本では古くから醸造においてコウジカビと共に清酒酵母が用いられている。現在でも発酵工業や食品工業において出芽酵母は必要不可欠な存在である。

パン酵母、清酒酵母ビール酵母、ワイン酵母は基本的には、S. cerevisiae の亜種であり、例えば清酒酵母と実験室株のゲノムの差異は 1% 程度であるともいわれている。しかし、それぞれの実用酵母は、それぞれの用途に応じて適した株が選ばれてきており、例えば高エタノール濃度でも生育するというような実験室株では見られない特徴を示す。また、ビール酵母、ワイン酵母の場合は Saccharomyces 属の別種の酵母が使われている場合もある。

出芽酵母は嫌気呼吸として、他の多くの生物のように乳酸発酵を行わず、アルコール発酵を行う。これは出芽酵母がピルビン酸脱炭酸酵素という特殊な酵素を含むピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体(EC 1.2.4.1、EC 1.8.1.4、EC 2.3.1.12三酵素の複合体)を持っているためであり、それによりピルビン酸アセトアルデヒドになり、それがアルコールデヒドロゲナーゼによりエタノールに変換される。

出芽酵母は、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ(EC 1.2.4.1) の補因子であるチアミン(ビタミンB1)を自ら合成できるとともに、培地に存在するチアミンを吸収し、細胞内に集積することができる。種によっては、その乾燥重量の10%のチアミンを集積できる[3]

真核細胞のモデルとしての出芽酵母

出芽酵母は様々な研究領域で真核細胞モデル生物として利用されている。出芽酵母とヒトの共通性を外見から見いだすのは難しいが、生命現象の基本的な分子機構は驚くほど保存されている。出芽酵母を研究することにより、真核細胞の基本的な性質について知ることができ、その真核細胞の中にヒトも植物も含まれるというのがより正確な認識かもしれない。すなわち、出芽酵母で明らかになったそれらの分子機構は、どの真核生物にもおおむね当てはめることができるのである。

モデル生物としての利点

  1. 安価な培地を用い、短い世代時間で増殖させることができる。
  2. 均一な細胞集団を大量に用意できる為に、生化学的解析に適している。
  3. 一倍体世代、二倍体世代が安定して存在することをはじめ、遺伝学的解析に適した特性もっている。特に前者は、劣性変異の表現型を容易に調べられるという点から重要である。
  4. ゲノムサイズが1200万bpでヒトの250分の1、大腸菌の4倍と小さい。
  5. 相同組替え効率が高いことから遺伝子破壊のようなゲノムの編集法が発達していることをはじめ、多くの便利な分子生物学的手法が蓄積している。

システム生物学のモデルとしての特性は後述する。

研究例

出芽酵母は1950年代には実験材料として用いられはじめていたが、当時のセントラルドグマ研究では、より早く増殖するファージ大腸菌が多用されていた。1970年代半ばから分子生物学は真核生物研究に移行しはじめ、出芽酵母がモデル生物として注目されはじめる。

リーランド・ハートウェルは1960年代半ばから出芽酵母の突然変異体を用いた先見的な細胞周期研究を始めていた。出芽酵母細胞を変異源で処理し、細胞周期が温度感受的に停止する変異株を多数取得した。その解析から、細胞周期のチェックポイントという考え方を導き出し、細胞周期の制御に関わる遺伝子を明らかにした。この発見により、ハートウェルは2001年ノーベル生理学・医学賞を受賞している。細胞周期制御の分子機構の多くは出芽酵母を用いた研究で明らかにされており、細胞骨格、細胞極性といった関連分野の展開につながった。

出芽酵母の中にも、プリオンの振る舞いをするタンパク質があり、プリオン感染の分子機構の解析が行われている。

出芽酵母の接合過程に欠損のある変異株の解析から、Gタンパク質共役受容体からMAPキナーゼのカスケードを経て遺伝子発現制御にいたる、真核細胞に基本的なシグナル伝達経路が明らかになった。

染色体研究では、酵母の複製起点セントロメアテロメアなどについての知見が得られ、これらをつなぎあわせた人工染色体 (YAC) は長いゲノム断片のベクターとして応用されている。

システム生物学のモデルとしての出芽酵母

出芽酵母S288C株のゲノムの全塩基配列が、1996年に真核生物として初めて、米欧日から組織された国際チームから発表された[4]。発表当初16本の染色体上に5885個の蛋白質をコードする遺伝子があると予想されたが、その後の様々な見直し作業により、2003年7月現在、6569個に修正されている[5]

このことを契機として、これまでの個別の遺伝子、タンパク質を解析する立場とは異なり、細胞全体の遺伝子発現(マイクロアレイ、SAGE 法)、タンパク質量(プロテオーム)を解析しようという機運が生じ、これらのシステム生物学とも呼ぶべき新しい方法論を開発していくモデルとして、出芽酵母が盛んに利用された。また、あらゆる遺伝子について、それぞれを破壊した株のコレクションがつくられ、それらに対して様々な表現型を解析する研究が進行している。その他に、全てのタンパク質間の相互作用をツーハイブリッド法やTAP精製法で解析すること、全てのタンパク質に緑色蛍光タンパク質 (GFP) を融合させてその局在を解析することなども行われている。

このような状況が生まれる背景としては、個々の因子について従来からの知識の蓄積が多いこと、またそれらを記述したデーターベースがよく整備されていたことも重要だったと思われる。これらの網羅的な方法論が、今後どのような展開をもたらすのか注目されている。


  1. ^ リボ核酸RNA|エル・エスコーポレーション
  2. ^ 文部科学省 「日本食品標準成分表2015年版(七訂)
  3. ^ 酵母によるビタミンB1の集積、岩島 昭夫、化学と生物、Vol.27 (1989) No.12, doi:10.1271/kagakutoseibutsu1962.27.779
  4. ^ Goffeau A, Barrell BG, Bussey H, Davis RW, Dujon B, Feldmann H, Galibert F, Hoheisel JD, Jacq C, Johnston M, Louis EJ, Mewes HW, Murakami Y, Philippsen P, Tettelin H, Oliver SG (1996). “Life with 6000 genes”. Science 274 (5287): 546, 563-7. doi:10.1126/science.274.5287.546. PMID 8849441. http://cbio.ensmp.fr/~jvert/svn/bibli/local/Goffeau1996Life.pdf. 
  5. ^ Saccharomyces Genome Database”. Stanford University. 2013年2月12日閲覧。
  6. ^ B K Logan, PhD Dabft, A W Jones, PhD DSc., Endogenous Ethanol ‘Auto-Brewery Syndrome’ as a Drunk-Driving Defence Challenge.,
  7. ^ Dahshan, Ahmed; Donovan, Kevin., Auto-Brewery Syndrome in a Child With Short Gut Syndrome: Case Report and Review of the Literature., Journal of Pediatric Gastroenterology and Nutrition: August 2001 - Volume 33 - Issue 2 - p 214-215


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