炭疽とは? わかりやすく解説

たん‐そ【炭×疽】


炭疽

読み方:タンソ(tanso)

牛・馬・羊などの草食獣頻発する急性伝染病


炭疽


炭疽(anthrax)はBacillus anthracis炭疽菌)の感染によっておこる人獣共通感染症で、ヒト病型には皮膚炭疽腸炭疽肺炭疽があるが、自然感染95%以上が皮膚炭疽である。ウシ などの草食獣比べてヒト比較抵抗性が強いといわれている。

疫 学
炭疽は地球上広く存在し世界多く地域発生みられるヒトおよび動物の炭疽の 発生途上国獣医衛生立ち後れている国に多くそれぞれ年間2万人、および100万頭に 達すると推定されている。先進国みられる炭疽は、動物組織処理過程での孤発発生が 多い。ヒトおよび動物の炭疽の自然感染は、偶発的に摂取(あるいは接触)した芽胞原因で あり、炭疽菌個体から個体直接伝播されることはほとんどない
世界的にスペイン中部からギリシャ、トルコ経てイランパキスタンに及ぶ汚染地域は、炭 疽ベルトとも呼ばれるまた、ロシア中央アフリカ南アメリカなどでも発生が多い。
近年わが国では家畜衛生などの対策功を奏して動物の炭疽発生極めて少なくなって いる。伝染病統計によると、ヒトの炭疽については第二次世界大戦後1947年には13報告 されていたが、その後次第減少し1974年以降にはほとんど見られなくなり1982年1984 年それぞれ1例ずつ、1992年1994年それぞれ2例ずつの報告があるのみである。
2001年米国での生物テロによる発生は、郵便物に粉と一緒に炭疽菌同封したことにより 生じた最初の症例2001年9月27日発症しているが、結局12月7日時点肺炭疽11例(す べて確定例)、皮膚炭疽12例(確定7例、疑い5例)、計23例の症例出している。

病原体
炭疽菌土壌などの環境中芽胞として長期間生存し動物感染繰り返す芽胞生体内侵入する発芽し栄養型として体内急速に増殖し、炭疽を発病する感染した動物血液体液死体などで地表汚染されると、その土壌は再び感染源となりうる。炭疽菌このような感染サイクル繰り返して、炭疽汚染地帯作る炭疽菌酸素接触することによって芽胞形成して、熱、乾燥消毒薬などに対する強い抵抗性獲得するこのため土壌中などで長期間わたって生存することができる。
炭疽菌好気性グラム陽性桿菌(1~2μm×5~10μm)で、他のBacillus属異なり鞭毛欠いて運動性がない。ヒツジ赤血球対すベータ溶血ゼラチン分解、およびサリシン分解行わない生体内では菌体表層莢膜を伴う単独または短い連鎖状であるが、人工培地では莢膜形成認められないか弱く竹節状の長い連鎖となる。寒天培地上では、辺縁縮毛状の集落形成する
炭疽菌病原因子浮腫毒と致死毒である。これらの毒素防御抗原呼ばれるタンパク質によって宿主細胞内に運ばれる。炭疽により動物死亡するのは、致死毒によるショック原因考えられている。
莢膜形成および毒素産生は、保有する莢膜プラスミド、および毒素プラスミドにより支配受けている。野外から分離される強毒は、通常この2種類プラスミド保有する莢膜にはポリDグルタミン酸が含まれるため、食作用を受けにくい。


臨床症状
ヒト病型伝播様式によって皮膚炭疽経皮感染)、腸炭疽経口感染)、および肺炭疽吸入感染)の3種分けられる

皮膚炭疽(炭疽よう):自然感染による炭疽の95%以上が皮膚炭疽である。炭疽菌芽胞は正常の皮膚からはほとんど侵入せず、創傷部から体内取り込まれる炭疽菌芽胞含んだ動物、またはその成分接触した後1~10日して、小さな掻痒性、無痛性の丘疹出現し周囲発疹浮腫出現する丘疹崩壊し潰瘍形成する場合がある(図1)。局所リンパ節腫脹著しい。未治療の場合致死率1020%とされる
腸炭疽出血性小腸炎):感染の肉を摂食して発症する症状悪心、嘔吐食欲低下発熱で始まる。2~3日後に、激し腹痛と血性下痢みられる。この激し症状のあと、毒血症ショック死亡に至ることがある病変盲腸にみられ、ときに他の大腸部や十二指腸にもみられる致死率2550%とされる
肺炭疽発生きわめてまれである。1979年旧ソ連軍施設から飛散した芽胞によって、64名が肺炭疽のために死亡したとされるが、この事故以前には30例のみが知られていたにすぎない初期にはインフルエンザ様症状軽度発熱倦怠感筋肉痛など)、または気管支肺炎症状示し発熱呼吸困難、咳、頭痛嘔吐悪寒脱力腹部と胸部の疼痛見られる胸部線上胸水ともなった縦隔拡張みられることが多い(図2)。未治療での致死率90%以上に達すとされる
1. 典型的な皮膚炭疽所見。すでに潰瘍化し、中央部黒色の底を有するescharとなり、周囲浮腫状である。
(The Gorgas Course in Clinical Tropical Medicine, Anthrax Casesより引用
図2. 米国肺炭疽症例での胸部CT写真縦隔リンパ節腫脹と、両側性の胸水貯留
Emerging Infectious Diseases, Vol. 7, No. 6, Nov-Dec 2001記事より引用http://www.cdc.gov/ncidod/ eid/vol7no6/jernigan. htm

動物における炭疽は草食獣、特にウシウマなどに多い。超急性/卒中性感染、急性感染、および亜急性/慢性感染病型知られている。症状は眼結膜充血可視粘膜浮腫呼吸困難などで、感受性の強い動物は、急性敗血症尿毒症による腎障害呈して死亡する

病原診断
確定診断炭疽菌分離同定によって行う。検体直接染色によりグラム陽性芽胞形成性の桿菌寒天培地上で特徴的な集落の形成などがみられ、血液寒天培地で非溶血性運動性ない場合には、炭疽菌を疑う。さらに、ガンマファージテスト、パールテストアスコリーテスト行って陽性であれば炭疽菌確定できる
他の診断方法として、莢膜染色(レビーゲル染色)、抗原検出法PCR法などがある。このうちPCR法では、炭疽菌防御抗原莢膜抗原などの遺伝子標的として検出するためのプライマー報告されている。PCR法利点は他の混入していても検出できる点と、試料新鮮さ問わない点であり、病原診断きわめて有用である。


治療・予防
炭疽菌による曝露明らかな場合経口感染吸入感染であっても発症であれば抗菌薬による曝露治療効果的とされる発症者には200単位ペニシリンG、またはシプロフロキサシン静脈内投与効果的とされる
旧ソ連事故では、入院患者に対してペニシリンまたは他の抗菌薬免疫グロブリンコルチコステロイド投与、および器械人工呼吸法などの治療が行われた。
ヒト用無細胞ワクチン実用化されているが、その投与法および副作用問題もあり、わが国では承認されていないまた、生物テロ事件に対して米国の対応でも、ワクチン接種一般にすすめられなかった。ウシおよびウマ予防には、プラスミドコードされる莢膜脱落した莢膜ワクチン株が、生菌ワクチンとして用いられている。
家畜からヒトへの伝播防止は、病同定診断淘汰第一である。非流行国における炭疽の発生は、流行地域から輸入される羊毛や骨などの動物産品からおこる可能性がある。

汚染除去消毒および滅菌
 炭疽菌芽胞により汚染され身体器物および環境からの芽胞飛散最小限抑える一方、以下に掲げいずれか消毒薬、または滅菌法用いることが奨められる。どの方法用いるかは、対象物性質生物材料器物建造物一部土壌など)や、処理後の用途廃棄再使用など)によって異なる(表1)。汚染物の取り扱いにはガウンなどを着用する
汚染され可能性のある衣服(靴、ソックスストッキング、および袖や襟が汚染され場合には上着)はできるだけ早く脱衣して、缶かバッグ入れ消毒オートクレーブ処理を行う。最終消毒終了後室内あるいは動物のような閉鎖空間十分に換気行い消毒剤人体悪影響及ぼさないように注意してから再使用する。
なお、芽胞効果的に消毒するのはきわめて困難であり、状況によってはこれを完全に実施するのは不可能な場合がある。また、消毒作業効果推定することはできないので、確認する場合は、スワブ採取して培養によって確かめる。

感染症法における取り扱い
炭疽は4類感染症定められており、診断した医師直ち最寄り保健所届け出る報告のための基準以下の通りである。
診断した医師の判断により、症状所見から当該疾患疑われ、かつ、以下のいずれか方法によって病原体診断なされたもの
病原体検出
 例:病巣組織血液からの分離同定(鏡検・培養)と、分離したのガンマファージテスト、パールテストアスコリーテストによる確認など




炭疽症

(炭疽 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/09 02:41 UTC 版)

炭疽症(たんそしょう)または炭疽(たんそ)とは、炭疽菌による感染症ヒツジヤギなどの家畜や野生動物の感染症であるが、ヒトに感染することもある人獣共通感染症である。ヒトへは、感染動物との接触やその毛皮や肉から感染する。ヒトからヒトへは感染しない(言い換えれば、非常に危険な感染症であるが、伝染病ではない)。感染症法における四類感染症、家畜伝染病予防法における家畜伝染病である。以下、とくに断りがない限りヒトにおける記述である。皮膚からの感染が最も多いが、芽胞を吸いこんだり、汚染した肉を不十分な加熱で食べた場合にも感染する。自然発生は極めてまれ。


  1. ^ a b c d 炭疽とは”. 国立感染症研究所 (2018年4月25日). 2021年5月23日閲覧。
  2. ^ 「疑似患者33人 岩手のタンソ病」『日本経済新聞』昭和40年8月26日夕刊.7面
  3. ^ 永久凍土の融解が原因、ロシア北極圏の燃料流出事故 開く「パンドラの箱」”. AFP (2021年6月9日). 2021年10月20日閲覧。


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