マングローブ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/19 17:18 UTC 版)
生態系の特徴
マングローブは干潟の性質を持ちつつ、そこに樹木が密生する場所である。干潟は、河川上流からや海から供給される有機物が集まって分解される場所であるため、非常に生産力の大きい環境であり、多くの生物の活動が見られる場所である。しかし、表面構造の単純さが、生物にとって大きな難関になっている。
それに対してマングローブでは同様な環境でありながら、樹木が密生し、特徴的な呼吸根が発達することでその表面の構造が複雑になり、魚介類を中心に様々な動物に隠れ家を与えて[14]、その幹の表面はコケ類や地衣類の繁殖を許す。一方で、その複雑さゆえにヒトがマングローブ林を歩くことは困難となっている。
底質は砂泥で、多くの有機物を含むことから、表面以下では有機物の分解に伴う酸素消費によって嫌気性環境となり、硫化水素の発生を引き起こす。河川からの土砂など無機物流入の少ないマングローブでは、枯死したヤエヤマヒルギなどの植物が分解されずに蓄積し、マングローブ泥炭を生成する[10]。マングローブ泥炭には豊富な炭素蓄積機能があり、温室効果ガスである二酸化炭素の吸収源として重要視されている。
マングローブ植物
主要な種
マングローブを構成する植物は世界に70-100種程度あり、主要な樹木の多くがヒルギ科、クマツヅラ科、ハマザクロ科(マヤプシキ科)の3科に属する種である。
日本国内で、マングローブにのみ分布が限定される種は、メヒルギ(ヒルギ科)、オヒルギ(ヒルギ科)、ヤエヤマヒルギ(ヒルギ科)、ハマザクロ(ハマザクロ科、別名:マヤプシキ)、ヒルギダマシ(クマツヅラ科またはキントラノオ科、キツネノマゴ科ヒルギダマシ亜科)、ヒルギモドキ(シクンシ科)及びニッパヤシ(ヤシ科)の5科7種である。これらは、マングローブの主要な構成種であり、分類学的にも近縁の群からかけ離れている。
上記の種に付随して、サキシマスオウノキやシマシラキ、テリハボク、サガリバナ、オキナワキョウチクトウ(ミフクラギ)等の樹木が生育するほか、シイノキカズラなど特有のつる植物や草本を伴う場合がある。これらの付随する種は、後述する半マングローブを構成する種も含まれる。
特徴
主要構成樹種のヒルギ科の植物は、いずれも艶のある楕円形の葉を持つ。葉は分厚く、厚いクチクラ層に覆われる。呼吸根を持ち、その形は種によって様々である。メヒルギはわずかに板根状になる。オヒルギのものは膝状に地表に顔を出す。ヤエヤマヒルギの場合、タコの足状に地表より上から斜めに根が伸び、幹を支えるようになるので支柱根とよぶ。
また、これらの植物は、果実が枝についている状態で、根が伸び始め、ある程度の大きさに達すると、その根の先端に新芽がついた状態で、果実から抜け落ちる。このように、親植物の上で子植物が育つので、このような種子を胎生種子[注 1]と呼ぶ。親を離れた種子は、海流に乗って分散(海流散布)し、泥の表面に落ちつくと成長を始めるが、親植物から離れた後、下の泥に突き刺さり、その場所で成長することもある。
他にも、マングローブを構成する木は色々あり、海流に乗って分散する種子を作るものは数多い。
帯状分布
マングローブの樹種には地盤の高さと潮汐環境によって帯状分布が見られる[10]。
日本の場合は、一番海側にはヒルギダマシがまばらに出現する。低木で、根が泥の浅いところを這い、一定間隔でタケノコのように棒状の呼吸根を出す。背が高くならないので、満潮時には株全体が海水に没する場合がある。場所によってはハマザクロがここに出現する。
それより陸側では北方ではメヒルギ、南方ではヤエヤマヒルギが密な群落を作る。その内側にはオヒルギが生育する層がある。さらに陸側の、ほとんど海水を被らないが、海水の影響を受ける区域には、サガリバナや、巨大な板根を作るサキシマスオウノキなどが生育している。西表島にも生育が見られ、より南の海洋島にも広く分布するゴバンノアシもここに生育する。このあたりまでがマングローブ(林)であり、それより内陸へは、次第に陸の植生へと続く。このマングローブと陸地の境界付近にあたるやや乾燥した区域をバックマングローブと呼ぶ。
半マングローブ
真のマングローブ(true mangrove)に類似した植生として、半マングローブ(semi-mangroveまたはminor-mangrove)があり、広義のマングローブとして考えられている。マングローブ植物が、自然状態では潮間帯のみに生育し、陸地に分布を広げないのに対し、半マングローブを構成する植物(半マングローブ植物)は陸地での生育も可能な種が含まれる。半マングローブはマングローブと混在、あるいは周辺の陸地部に立地する。
また、半マングローブ植物もマングローブ植物と同様に、海水の塩分に対し適応した形態(クチクラ層が発達した葉など)や生理機能(塩分排出能など)を持っている種もある。
日本では、半マングローブを構成する植物として、代表的な種としてハマボウやハマジンチョウ、ハマナツメ、テリハボクなどが挙げられ、上述した種も含まれる。
マングローブに生息する動物
マングローブは陸地の森林と同じく、様々な動物に対して生息環境を与えている。マングローブの海側は海水の影響を大きく受け、陸側は海水の影響を小さくし、潮位等に勾配が生じる。また、マングローブの根や幹、枝の広がりなどは多様な空間を創造する。このようにその生息環境は多様である。マングローブに生息する主要な動物は海産の底生生物(甲殻類や貝類等)や魚類であるが、スナドリネコのような哺乳類、鳥類、昆虫類なども利用している。
潮が引いた時には、多数のカニ等の甲殻類が出現する。干潟の近くではシオマネキ類やミナミコメツキガニなどが出現し、森の中にはアシハラガニ類やイワガニ類が多数生息している。潮が満ちると地面に掘った穴の中にもぐりこんでやり過ごすものが多いが、中には木に登って過ごすものもある。潮が満ちるとガザミやノコギリガザミなど、大型のカニが姿を現す。貝類では、キバウミニナなどの巻貝、ヒルギシジミ (Geloina coaxans) などの二枚貝がいる。これらの多くはマングローブ植物の落葉や種子を食べている。特にマングローブの落葉を直接消費するキバウミニナやある種の大型のカニ類はマングローブ生態系の炭素循環において重要な存在である。
魚類では、干潟や呼吸根の上でミナミトビハゼなどのトビハゼ類が活動し、潮が満ちると他の多くの海水魚も進入する。木の呼吸根が複雑に入り組んだマングローブ地帯は身を隠すのに都合がよく、アイゴ類やハゼ類など、多くの小魚がみられ、さらにそれらを捕食するフエダイ類やオオウナギなどの大型魚もいる。
大東諸島に生息するダイトウオオコウモリはマングローブを昼間のねぐら場所として利用している[15]。 西表島での調査結果によるとメジロを中心とした鳥類の混群が確認されており、特にメジロはオヒルギの花の蜜を餌としていることも報告されている[16]。
マングローブ植物そのものを生息場所としている動物もいる。貝類のイロタマキビガイやイワガニ科のヒルギハシリイワガニ (Metopograpsus latifrons) などはマングローブ植物の幹や支柱根で生活している。固着性動物であるフジツボの仲間のシロスジフジツボがヤエヤマヒルギに付着している事例も報告されている[17]。この様な事からマングローブは「命のゆりかご」と呼ばれている。
マングローブの景観や多様な生態系は、エコツーリズムにおいても重要な観光資源となっている[14]。
注釈
出典
- ^ 小学館『プログレッシブ英和中辞典』第4版. “mangrove”. コトバンク. 2019年11月14日閲覧。
- ^ a b c d 小学館『デジタル大辞泉』. “マングローブ”. コトバンク. 2019年11月15日閲覧。
- ^ a b c 三省堂『大辞林』第3版. “マングローブ”. コトバンク. 2019年11月15日閲覧。
- ^ a b c 『ブリタニカ国際大百科事典』小項目事典. “マングローブ”. コトバンク. 2019年11月15日閲覧。
- ^ a b c 小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』. “マングローブ”. コトバンク. 2019年11月15日閲覧。
- ^ a b c d 平凡社『百科事典マイペディア』. “マングローブ”. コトバンク. 2019年11月15日閲覧。
- ^ a b c d 小学館『精選版 日本国語大辞典』. “マングローブ”. コトバンク. 2019年11月15日閲覧。
- ^ a b 平凡社『世界大百科事典』第2版. “マングローブ林”. コトバンク. 2019年11月15日閲覧。
- ^ “紅樹林”. コトバンク. 2019年11月15日閲覧。
- ^ a b c d e f 藤本潔、宮城豊彦、西城潔、竹内裕紀子 編著『微地形学 人と自然をつなぐ鍵』(古今書院 2016年 ISBN 978-4-7722-7141-7)pp.80-104.
- ^ 諸喜田 1997, p. 64.
- ^ Mac nae 1968 [要ページ番号][出典無効]
- ^ 土屋・宮城 1991, p. 164.
- ^ a b c d e f 紅海に緑の防波堤を/ エジプト 温暖化対策 マングローブ植樹/政府主導 年5万本「次世代の宝に」『東京新聞』夕刊2022年9月1日1面(2022年9月4日閲覧)
- ^ 伊澤ほか 2002 [要ページ番号]
- ^ 伊澤ほか 2001 [要ページ番号]
- ^ 土屋・宮城 1991, pp. 177–178.
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