デカルトとは? わかりやすく解説

デカルト (Descartes, Rene)

デカルトという人は

ルネ・デカルト ルネ・デカルト

フランス 1596~1650

哲学者であり数学者

近代哲学の父

フランス中部トゥーレーヌ地方のラ・エイに、高等法院評定官で法服貴族家系として生まれ10 歳イエズス会ラ・フレーシュ学院入学してスコラ的学問飽き足らず思い卒業後は「世間という大きな書物」において学ぼう決意して旅に出る。 1618 年志願将校としてオランダ軍入りオランダ医師イサーク・ベークマンと知り合い物理数学研究への刺激を受け、やがて「普遍数学」の構想達する。 32 歳のときオランダに移住する

地動説重要な内容とした『宇宙論』の構想をもつが、 1633 年地動説唱えたガリレイローマ宗教審問所で有罪になったことから公刊断念する。 いざ印刷というとであった

我思う、故に我あり」とはデカルトの残した名言である。

デカルトの主な経歴

1637年オランダライデンで”方法叙説”を発刊する。 正式な書名は「理性正しく導き学問において真理探究するための方法序説加えてその方法試みである屈折光学、気象学幾何学」である。

屈折光学」では光の性質について触れているのだが、この問題は後にニュートン粒子説ヤングホイヘンス波動説激し論争展開される嫌気がさしたニュートン最終的に光の研究から身を引くことになるのだが、 デカルトの説は粒子説とも波動説ともとれる内容であるため、玉虫色評されることがある

ルネ・デカルト

方法叙説”はヨーロッパ近代思想的地平開き精神物質二元論意識自然観などの概念とともに当時思想的著作ラテン語書かれるのが常であったのを、初めフランス語書かれ哲学書としても評価されている。

キリスト教教義弁証するため、 アリストテレス哲学用いた形式的な論法発展させたスコラ的学問呼ばれるものがヨーロッパ席巻していた。 アリストテレス哲学当時では大前提であり、無批判受け入れた長い歴史があった。 このような時代背景のなか、デカルトはこれを超える考え方、 つまり「我思う、故に我あり」といった、世間どうあれ自分はこう考えるという哲学は、教会にとっては危険なものであったといえるオランダに隠れ、やがてはデカルトの考え賛同する人が現れていく。こうして新し時代生まれていった。





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