EUV露光装置
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 14:18 UTC 版)
EUV露光装置に関しては、α機(プロトタイプ機)の制作までは進んでいた。 EUVに関しては、1986年(昭和61年)にNTTの木下博雄が提案した次世代露光技術の一つである極端紫外線(EUV)露光装置の開発を、1996年より日立中央研究所と合同で進めており、このプロジェクトは1998年には超先端電子技術開発機構(ASET)が参加して日本の国家プロジェクト「極端紫外線(EUV)露光システム開発プロジェクト(EUVA)」に格上げされ、キヤノンなど他のメーカーとも協力してオールジャパンで開発を進めて来た。EUVAと並行して行われたプロジェクト「半導体先端テクノロジーズ(Selete)」では、2008年につくば市の産総研スーパークリーンルームに設置された日本初となるEUV露光機「EUV1」において、30nmの解像に成功した。その後ニコンはインテルに納入予定のEUV2号機と、2012年に発売予定の量産機の開発を進めていたが、小松製作所とウシオ電機の合弁会社(当時)であるギガフォトンが開発するはずであったEUV光源の出力が上がらないなど、EUVの実用化までの道のりはあまりに遠く、装置自体の高いコストと重厚長大さなどの問題点も明らかになって「コンコルドの誤謬」に鑑み(莫大な資源を投入し続けた結果、仮にEUVの実用化に成功したとしても、事業として成功させるのは難しいとの判断)、収益性を重視する姿勢で2010年代初頭に同開発から撤退した。この時点では人類に本当にEUVが実用化できるのか不透明であり、ニコンはArF液浸装置でシェア8割(当時)を占めるASMLに対し、最先端のArF液浸で新規顧客を開拓して反転攻勢に出るつもりであった。ニコンはSeleteの後継として2011年に発足した日本の国家プロジェクト「EIDEC」(キヤノンのEUV露光計測装置「HSFET」が設置された産総研スーパークリーンルームを使って、EUV露光装置以外のリソグラフィ工程を開発する)に解散まで一応参加していたが、EIDECは2015年に民間プロジェクトに格下げされた後、2019年に解散した。 一方で、ASMLは1999年よりEUのEUV開発プロジェクト「EUCLIDES」を主導しつつ、米国のEUV開発プロジェクト「EUV LLC」(1997年に米国の国立研究所とAT&T・インテル・AMDなどが共同で開始。後にIBM、マイクロンなども参加し、2005年までにEUV露光技術を用いた半導体の製造を目指した)にも参加を許可された。実用化までの困難さからキヤノン・ニコンが続々と撤退する中で、2012年にはアメリカの光源メーカーのサイマー社を買収するなど、社運を賭けてEUVの実用化に向けて開発を続けた結果、当初の予定から10年遅れながらついにEUV露光装置の実用化に成功し、最後の難関であった光源の出力も次第に増大して、2016年頃より7nm世代以降の半導体の製造にはASMLの露光装置が不可欠となったために需要が増え、予想されていた欠点にもかかわらず事業を成立させている。
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