ショパン:2つのノクターン (第15・16番)
英語表記/番号 | 出版情報 | |
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ショパン:2つのノクターン (第15・16番) | 2 Nocturnes (f:/Es:) Op.55 CT122-123 | 作曲年: 1842-44年 出版年: 1844年 初版出版地/出版社: Leipzig, Paris 献呈先: Jane Wilhelmina Stirling |
作品解説
Deux Nocturnes Op.55
この二曲のノクターンは1843年に作曲され、初版はパリ(M. Schlesinger, 1844)、ライプツィヒ(Breitkopf und Hartel, 1844)、ロンドン(Wessel, 1859)で出版された。献呈を受けたJ. W. スターリング(1804-1859)はショパン弟子で、師を熱烈に信奉し、また恋愛感情を抱いていた。スコットランドの裕福な家系に生まれた彼女は、パリでショパンに出会ってから亡くなるまでの間、ショパンを様々な面で助けた。彼女の過剰な親切心はしばしばショパンを悩ませたが、善良なこの女性に対し礼節を保ってふるまった。彼女が集めたショパンの遺品やショパンについての記録文書、ショパン研究において重要な資料となっている。本作は二人が出会ったころの作とみられている。
これらのノクターンには、同時代のオペラ・アリアにおける歌唱様式ばかりでなく、バロック様式、とくに対位法的書法への関心が色濃く表れている。ショパンが対位法を厳格に自作に適用することは、習作として書いた二声のフーガを除けば殆どなかったが、この二曲には対位法への憧れが露呈されている。それでも、彼はポーランド時代から対位法をよく勉強しており、パリ時代も1841年にパリ音楽院院長で対位法の権威ケルビーニによる教則本『対位法とフーガの技法』を手に再び勉強している。
no.1 ヘ短調
前作のノクターン作品48-1に引き続き、この曲でも左手の伴奏はバスと中声部を補填する諸声部を、右手は歌唱的な旋律をになう。形式は他のノクターン同様三部形式(ABA’)で書かれているが、同じ形式のなかで常に何か前と異なることをするのがショパンである。このノクターンの特徴は、一見しただけでは気づかないが、バロック的書法の影響を色濃く反映している点にある。
Aは48小節からなるが、左手のバスに着目すると、この間使用される音はわずかに5つ、すなわちc-e(fes)-f-g-asに過ぎない。そして、e-f-g-asというバスの音型が8回も繰り返される。これは、一定のバスの上で変奏をするシャコンヌやパッサカリアというバロック時代のジャンルを想起させる。
第48小節に始まるBは、劇的な低音のユニゾンに続いて歌唱的な旋律が現れる(第57小節)。この旋律は、作品48-2(第14番)と同じ伴奏音型によっているが、ここでは右手のポリフォニックな扱いに注意を払うべきである。そこでは、中声部に対旋律が置かれ、繋留音が最上声部に対して六度ないし三度をなして解決するという、すぐれて対位法的な扱いが見られる(第58、62小節)。ここにもやはりバロックのスタイルが顔をのぞかせているのである。
74小節目に始まるA’の主題旋律は、冒頭4小節が変奏されてただ一度現れるだけで、その直後には全体の約1/4を占める長大なストレットが続く(第87小節~第97小節)。作品9(第1~9番)のような初期ノクターンにおいて、曲尾にはきまって技巧的・装飾的なカデンツアが置かれたが、後期作品に向かうにつれ、曲の終わり方は和声的および曲のドラマチックな展開という点からみて、いっそう入念に仕上げられるようになっている。この曲のストレッタはとくにその長さ、主題の静けさとはかけ離れたスタイルという点で、21曲中特異な終わり方の身振りを示すものである。このストレッタで調性はヘ短調からヘ長調へと移り、そのまま終止する。同主調による終止は前作のノクターン作品48-2(第14番)と同じである。(上田 泰史)
no.2 変ホ長調
第2曲は以下の三つの部分に分けられる。二つの主題が提示される第1~26小節(以下A)、第26~34小節(以下B)、Aの再現・展開としての第35~55小節(以下A’)、そしてコーダ(第56~67小節)。調性の異なる二つの主題を提示する点はソナタ形式を意識しているようであり、これがこのノクターンのもっとも特徴的な点である。また、第1番同様、対位法的な右手の扱いにも注目すべきである。
Aは、ショパンの多くの作品がそうであるように、属音(この曲では変ロ音)で開始される。だが、左手の開始和音は主和音ではなく、属和音であり、第2小節目で直ちに主和音に解決する。この曲が、突然に、あたかも途中から始まったように聞こえるのはそのためである。このノクターンには、主部に二つの楽想が用意されている。一つは第1~12小節(以下a)に、もうひとつは第13~26小節(以下b)にあたる部分である。aの第1主題旋律は二回繰り返される。ノクターンにおいて、ショパンは旋律を反復する際に必ず変奏するが、通常の方法は旋律の装飾である。ところが、彼はここで新しい変奏方法を用いている。曲冒頭、右手は単旋律だが、第9小節目に始まる反復の際には新しい声部を内声に加え、に変化を与えているのである。aの旋律は、A’に再び現れるが、ここでは旋律に半音階的な装飾が施され、さらに中声部には16分音符の対旋律が強く自己主張する。
同じことは下属長の変イ長調で提示される第2主題bにもいえる。bは、曲の後半Bでも再現され、二度反復されるが、いずれの場合も、単なる反復ではなく常に新しい対旋律付けがなされている(第39~第55小節)。しばしば半音階的に動くこれらの対旋律のおかげで、縦の響きは聞き手にかなり交錯した印象を与える。
コーダはそれに比べ再びテクスチュアが簡素化されすんだ分散和音とカデンツのなかで曲は閉じられる。
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