飛行の危機管理
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/26 14:28 UTC 版)
「コロンビア号空中分解事故」の記事における「飛行の危機管理」の解説
チャレンジャー号事故の際の危機管理シナリオと同様に、NASA の管理機構は技術陣の懸念と安全性との関連を正しく認識できなかった。2つ例を挙げれば、まず損傷有無を調べるために映像が欲しいという技術陣からの依頼を真面目に取り合わず、次に技術陣からの飛行士たちによる左翼の検査がどうなっているかという照会にも答えなかった。技術陣は国防総省に対し正確な損傷評価のために軌道上のシャトルを撮影するよう 3回にわたって要求した。それらの写真で損傷を把握できる保証は無かったが、有意味な検査を行える程度の解像度で撮影を実施する能力自体は存在していた。しかし、NASAの管理機構は依頼を真面目に取り合わず、国防総省への支援要請を中止した。事故調査委員会は、事故後の報告書にて、国家画像地図局との協定を変更し、軌道周回中の機体撮影を標準要求にするよう勧告している。 リスク評価の過程全般を通じて、NASAの上層部は熱保護システム(Thermal Protection System, TPS)に損傷が発見されたところで何も打つ手はないと信じていたため、調査の迅速性や徹底性、不測の事態への対処方針など、何事につけても態度が甘かった。彼らは、各種パラメータを考慮した仮想シナリオ研究を行うことにしたが、これは未来事象のリスク確率評価に適したものであって、具体的な損傷を検査し評価しようとはしなかった。調査報告書は、この件に関して特にリンダ・ハム (en:Linda Ham) 飛行計画総合監督官の態度を問題として取り上げている(リンダ・ハムは、調査報告書公表後、降格され、スペースシャトルプロジェクトから外される配置換えを受けたがその後復帰した)。 リスク評価のほとんどは、熱保護システムに関して予想される損傷如何にかかっていた。これは大別して2つに分けられる。1つ目は主翼下面に貼られているシリカ製タイルの損傷であり、2つ目は強化カーボン=カーボン(RCC)製の主翼前縁パネルの損傷である(シャトルの熱保護システムには3つ目の構成要素として断熱シートがあるが、通常は損傷予測の対象にはならない。断熱シートの損傷評価は何か問題が起きて初めて実施されるもので、実際に少なくとも一度、コロンビア号喪失後の飛行再開ミッションの後で実施された)。 耐熱タイルと RCC の損傷を評価するため、損傷予測ソフトウェアが使用された。タイルの損傷を評価するツールは「クレーター」という名前だったが、数人の NASA 関係者がマスコミに語ったところでは、これは実際にはソフトではなく、過去の飛行データを元に作られた統計ワークシートのようなものだった。クレーターは、もし耐熱タイル付近が直撃された場合は複数のタイルが貫通されるという予測を出したが、NASA 技術陣はこの結果を軽視した。結果を見ると、そのモデルでは小さな投射物が衝突した場合の損傷は過大に評価される傾向があったので、それよりも大きな吹き付け式発泡断熱材 (SOFI) が直撃した場合の予測も同様に過大に出るのだろうと技術陣は考えた。このときに RCC の損傷予測に使われたプログラムは、紙巻タバコ一本程度の大きさの氷の衝突を想定しており、より大きな SOFI の衝突は考慮していなかった。この当時までは、RCC パネルに損傷を与える可能性があると考えられていたのは氷だけだったためである。ソフトウェアの予測結果では、SOFI が RCC に衝突する予測経路 15通りのうちの 1つにおいて、氷の塊によって RCC パネルが完全に貫通された。電子メールのやり取りの中で、NASA 幹部は SOFI の密度が低いことを以て、予想被害を割引いて考える根拠として良いか尋ねた。SOFI の素材が伝えるエネルギー量について技術的な懸念があったにも関わらず、NASA 幹部は結局RCC パネルの予想被害を完全な貫通からパネル表層への僅かな損傷に引き下げる見方を受け容れた。 結局のところ、NASA の計画管理者たちはこの衝突が安全を脅かす状況だったと示す証拠は不十分だと考えたので、破片衝突を「ターンアラウンド」事象(=帰還後の次回打ち上げスケジュールに影響を与えるが、現在の飛行には影響を与えない事象)と宣言し、国防総省による写真撮影を求める依頼を却下した。
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