遺伝学的研究
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遺伝学の立場からは、この説を否定する研究結果が出されている。ただしこれらの議論は「アシュケナジー=ハザール系」説を否定するもので、少数の「ハザール系アシュケナジー・ユダヤ人」が現存する可能性の是非については明らかでない(もちろん、ハザール系アシュケナジーが少数いたことが証明されても、それは全てのアシュケナジーに適用されるものではないので、いわゆるハザール起源説は否定される)。 1999年のHammerらの研究(米国科学アカデミー紀要掲載)はアシュケナジム、ローマ系、北アフリカ系、クルド系、近東系、イエメン系、エチオピア系のユダヤ人を、それぞれの近接した地域の非ユダヤ人集団と比較した。それによると「異なった国々への長期の居住にもかかわらず、そして互いと隔離されていたにも関わらず、ほとんどのユダヤ系住民たちは、遺伝子レベルでは、互いと大幅な差異は示さなかった。この結果は、ヨーロッパ、北アフリカ、そして中東のユダヤ人コミュニティの父系の遺伝子プールが、共通の中東の祖先集団の子孫であるという仮説を支持し、かつ、ほとんどのユダヤ人コミュニティが、隣接した非ユダヤ人集団からディアスポラ以降も、相対的に隔離されていることを示唆している」。Nicholas Wade によれば、「この結果は、ユダヤ人の歴史と伝統と一致し、ユダヤ人共同体の大半が改宗者からなるとか、ハザール人や、ユダヤ教に改宗した中世トルコ部族の子孫であるといった理論を反証している」という。 2001年のNebelらのY染色体ハプログループの研究によると、R1aハプログループの染色体(論文内では Eu 19 と呼称)は、東欧の住民の間では非常に高率(54%-60%)で出現するものだが、これがアシュケナジー・ユダヤ人の間では高い頻度(12.7%)を示す。 著者らは、これらの染色体グループは周囲の東欧の住民からアシュケナジムへの低レベルでの遺伝子の流入を反映しているか、あるいは、ハプログループ R1a を持つアシュケナジーと、ほとんどすべての東欧住民の両方が、ハザール人の祖先をも部分的に持つことを示すと仮定している。 2003年のBeharらによるY染色体の研究によると、アシュケナジーのレビ氏族(かれらはアシュケナジー全体のおよそ4%を構成する)のあいだでは、ハプログループR1a1の所有率は 50% 以上だった。このハプログループは、他のユダヤ人のグループでは珍しく、東欧住民の間では高い頻度を示す。 彼らの論じるところでは「R1a1 NRYの高頻度での所有をアシュケナジーのレビ氏族にもたらした出来事は、非常に少数の、そしておそらくは単一の始祖に関わるものである可能性が高い」。彼らは、この遺伝子群の源泉であると思われる、「非ユダヤ系のヨーロッパ住民である、一人または複数の始祖がいて、その子孫がレビ氏族の成員となった」のだと仮定した。そして、同時に、その代案としての「魅力的な源泉は、8世紀から9世紀にその支配階層がユダヤ教に改宗したと考えられているハザール王国だろう」という。 彼らの結論としては「アシュケナジー・ユダヤ人の多数派のNRYハプログループの構成も、アシュケナジーのレビ氏族の間のR1a1ハプログループのマイクロサテライト・ハプロタイプの構成も、幾人かの著者たち(Baron 1957; Dunlop 1967; Ben-Sasson 1976; Keys 1999)が推測したような、多数のハザール人やその他のヨーロッパを起源とするものではないが、現在のアシュケナジーのレビ氏族に、ひとり、または複数の、そうした始祖による重要な貢献がある、ということを否定することはできない」というものであった。 2005年のNebelらによるY染色体多態マーカーに基づく研究は、アシュケナジー・ユダヤ人は、他のユダヤ人や中東の諸集団に、ヨーロッパでの隣接住民よりも近いことを示した。しかし、アシュケナジー男性の11.5%は、東ヨーロッパで支配的なY染色体ハプログループである、ハプログループR1a1(R-M17)に属することが判明し、これは、この二つの集団の間に、遺伝子の流れが存在することを示唆している。著者たちは、「アシュケナジムのR-M17染色体は神秘的なハザール人の名残を表す」という仮説を立てた。かれらの結論するところでは、「しかしアシュケナジー・ユダヤ人の間でのR-M17染色体が実際に、神秘的なハザール人の名残を意味するとしても、我々のデータに従えば、この貢献は、単一の始祖あるいは数人の非常に近い血縁の男性たちに限定され、現在のアシュケナジーの12%を超えることはない」。 2010年のAtzmonらによるユダヤ人の祖先の研究では、「主要な成分、系統、そして家系上の同一性(IBD)の分析から、二つの主要グループ、中東のユダヤ人とヨーロッパ・シリアのユダヤ人が識別された」ヨーロッパ・ユダヤ人たちが互いと、そして、南欧の住民達と、IBDセグメントを共有し、近接しているということは、ヨーロッパのユダヤ人たちが共通の起源を持つことを示唆しており、中東欧のあるいはスラブ系の住民が、アシュケナジーのユダヤ人の形成に大きな遺伝的貢献をしたことを反証している。
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