山梨県立身延高等学校
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山梨県立身延高等学校(やまなしけんりつ みのぶこうとうがっこう)は、山梨県南巨摩郡身延町梅平に所在する公立の高等学校。
- ^ 30名が上限だが、県内志願者を含めて定員未達の場合は上限以上に合格者を出せる。
- ^ 食物栄養、保育に関する科目は総合学科の福祉健康科目群で選択できる。
- ^ この様子は1995年11月2日放送の筑紫哲也 NEWS23で特集されている。
- ^ 中高一貫、県立初は身延 峡南の2中学と連携 県教委方針(2013年10月16日、山梨日日新聞)
- ^ “県立初!中高一貫教育スタート!”. 山梨県広報 (2019年6月20日). 2020年5月18日閲覧。
- ^ 「新設高2020年度開校へ 峡南3校統合 学年定員280人」(2016年9月14日、毎日新聞)
- 1 山梨県立身延高等学校とは
- 2 山梨県立身延高等学校の概要
- 3 部活動
- 4 アクセス
身延高等学校(男女共学)
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「山梨県立身延高等学校」の記事における「身延高等学校(男女共学)」の解説
1950年(昭和25年)4月1日 - 身延第一高校と身延第二高校が合併・統合し、現校名となる。 1951年(昭和26年)4月1日 - 定時制課程が制定される(その後廃止)。 1972年(昭和47年)11月14日 - 旧校舎の一部が火災により焼失したため建て替えを行なっていた現B・C号棟が落成。 1973年(昭和48年)5月7日 - クラブハウス「済美寮」が完成。 1993年(平成5年) - この年を最後に商業科の募集が停止される。 1994年(平成6年)4月1日 - 現本館および現体育館、文化創造館が落成、この年の入学生より男子制服もブレザーに変更、元々ブレザーだった女子制服もデザインが変更される。また、理数科の基となる理数コースが設置されている。 1996年(平成8年)3月1日 - 商業科最後の生徒が卒業式を迎え、これにより商業科が廃止される。 1997年(平成9年)4月1日 - 理数科が設置される。 1998年(平成10年)4月1日 - この年よりそれまでの3学期制を2学期制に改める。 2001年(平成13年)11月12日 - 多目的室内練習場が竣工。 2007年(平成19年)10月28日 - 「済美寮」の寄宿舎化が完了し、開寮。 2012年(平成24年)5月15日 - 翌年より総合制に移行されることが決定。これにより普通科と理数科の募集が停止される。 2013年(平成25年)4月1日 - この年の入学生より総合学科を設置、また、制服のデザインも変更される。 2015年(平成27年)3月1日 - 普通科、理数科最後の生徒が卒業式を迎える。これにより普通科は65年、理数科は18年の歴史を終える。 2015年(平成27年)4月1日 - 総合学科生が3学年全てそろう。
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