置換公理
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/01 16:16 UTC 版)
置換公理(英語: axiom schema of replacement)または置換公理図式は、公理的集合論におけるZF公理系を構成する公理の一つである。この公理は、任意の任意の集合間のすべての写像は、また集合であることを主張していて、ZF公理系での無限集合の構成に必要である。この公理は「あるクラスが集合かどうかは、階数ではなく濃度に依存する」という要請から動機付けされる。つまり、「集合になれるだけ小さい濃度を持つ」集合AからクラスBに全射があるとき、クラスBは集合であることを主張している。しかしながら、ZF公理系ではクラスに関して厳密な言及がないため、置換公理の主張の対象は論理式によって定義可能な写像に対してのみである。
定義




1922年のアドルフ・フレンケルの置換公理の発表は、現代的な集合論であるツェルメロ-フレンケル集合論 (ZFC) をなすものであった。置換公理は同年、トアルフ・スコーレムによって独立に発見・発表された(そして1923年に出版された)。ツェルメロはフレンケルの公理を自身の公理の改訂版に組み込み、1930年に発表した。この改訂版では新しい公理としてフォン・ノイマンの正則性公理が取り入れられた。[2] 今日使われているのはスコーレムによる一階述語版の公理だが[3]、各公理はツェルメロかフレンケルによるものとされるため、スコーレムの仕事とみなされることは少ない。「ツェルメロ・フレンケル集合論」という用語は、フォン・ノイマンが1928年に書面で初めて用いたものである。[4]
1921年、ツェルメロとフレンケルは密に連絡を取り合っており、置換公理はその主要なトピックであった。[3] フレンケルはツェルメロと1921年3月に連絡を取り始めた。しかし1921年6月までの彼の手紙はなくなっている。ツェルメロは1921年5月9日のフレンケルへの返信の中で、まず自身の公理系のギャップを認めた。1921年7月10日には、フレンケルは任意の置換を許容する公理を記した論文を完成させ、投稿した(1922年に出版)。公理の内容は以下の通り:「M が集合であり、M の各元が[集合かアトム]で置換されるならば、M はまた集合である(括弧内はハインツ・ディーター・エビングハウスによる)」。フレンケルの1922年の出版では、ツェルメロの助言に謝意を示している。この出版に先立って、フレンケルは自身の新しい公理を1921年9月22日、イェーナで開かれたドイツ数学会の会合で発表した。ツェルメロもこの会合に同席し、フレンケルの公演後の議論で置換公理を大筋認めたが、その程度については表明を留保した。[3]
トアルフ・スコーレムは、1922年7月6日にヘルシンキで開催された the 5th Congress of Scandinavian Mathematicians において、ツェルメロ集合論の(フレンケルが見つけたものと同じ)ギャップの発見を公表した。この会議の抄録は1923年に発行されている。スコーレムは一階述語で定義可能な置換公理に関する解決策を発表した:「U をドメイン B 内の特定の部分 (a, b) で明確に定義できる命題とする。さらに、すべての a について、U が真であるような b が高々1つ存在するとする。すると、a の値域は集合 Ma の元となるため、b の値域は集合 Mb のすべての元にわたる。」同年、フレンケルはスコーレムの論文のレビューを執筆し、そこではフレンケルはスコーレムの考察は自身の理論に対応していると簡潔に述べている。[3]
ツェルメロ自身はスコーレムによる置換公理の定式化を決して認めなかった。[3] 彼は一時期スコーレムの方法を「貧弱な集合論」と表現していた。巨大基数を許容するシステムを想定していたのである。[5] 彼はまた、スコーレムの一階述語公理化から導かれる、集合論の可算モデルの哲学的含意にも強く異議を唱えていた。[4] エビングハウスによるツェルメロの伝記によれば、ツェルメロのスコーレムに対する非難は、集合論や論理学の発展におけるツェルメロの大きな影響力を特徴づけるものであったという。[3]
脚注
- ^ Maddy, Penelope (1988), “Believing the axioms. I”, Journal of Symbolic Logic 53 (2): 481–511, doi:10.2307/2274520, JSTOR 2274520, MR947855 , "Early hints of the Axiom of Replacement can be found in Cantor's letter to Dedekind [1899] and in Mirimanoff [1917]". マディは L'Enseignement Mathématique (1917) に掲載されたミリマノフの2本の論文 "Les antinomies de Russell et de Burali-Forti et le problème fundamental de la théorie des ensembles" と "Remarques sur la théorie des ensembles et les antinomies Cantorienne" を引用している。
- ^ Ebbinghaus, p. 92.
- ^ a b c d e f Ebbinghaus, pp. 135-138.
- ^ a b Ebbinghaus, p. 189.
- ^ Ebbinghaus, p. 184.
参考文献
- Ebbinghaus, Heinz-Dieter (2007), Ernst Zermelo: An Approach to His Life and Work, Springer Science & Business Media, ISBN 978-3-540-49553-6.
- Halmos, Paul R. (1974), Naive Set Theory, Springer-Verlag, ISBN 0-387-90092-6.
- Jech, Thomas (2003), Set Theory: The Third Millennium Edition, Revised and Expanded, Springer, ISBN 3-540-44085-2.
- Kunen, Kenneth (1980), Set Theory: An Introduction to Independence Proofs, Elsevier, ISBN 0-444-86839-9.
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