第1の哨戒 1942年4月 - 6月
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「ガトー (潜水艦)」の記事における「第1の哨戒 1942年4月 - 6月」の解説
4月20日、ガトーは最初の哨戒でマーシャル諸島方面に向かった。クェゼリン環礁近海で哨戒中の5月3日午後、ガトーは北緯09度23分 東経167度22分 / 北緯9.383度 東経167.367度 / 9.383; 167.367の地点で、環礁に入りつつあった特設空母春日丸(大鷹)に対して魚雷を5本発射したが、速力の測定ミスで命中しなかった。護衛の駆逐艦およびルオットからの千歳海軍航空隊所属一式陸攻が対潜掃討を行ったが、ガトーは逃げることが出来た。5月7日から8日にかけては、クェゼリン環礁への輸送任務を行っていた海軍徴傭船浅間丸(日本郵船、16,975トン)を幾度となく目撃するが、攻撃には至らなかった。5月24日までクェゼリン環礁の周囲の哨戒を行った後、5月25日からはミッドウェー島西方の偵察を命じられて配備点に向かった。6月5日のミッドウェー海戦時にはミッドウェー島の西方450キロ(280マイル)に位置していた。6月10日、ガトーは51日間の行動を終えて真珠湾に帰投した。
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第1の哨戒 1942年4月 - 6月
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「グリーンリング (潜水艦)」の記事における「第1の哨戒 1942年4月 - 6月」の解説
4月20日、グリーンリングは最初の哨戒でマーシャル諸島及びカロリン諸島方面に向かった。4月30日午後、グリーンリングは北緯10度15分 東経156度46分 / 北緯10.250度 東経156.767度 / 10.250; 156.767のエニウェトク環礁近海で初めて敵と遭遇。特設運送船西阿丸(大阪商船、6,659トン)に対して魚雷を4本発射するも、全て外れる。夜に入って北緯09度24分 東経156度18分 / 北緯9.400度 東経156.300度 / 9.400; 156.300の地点で二度目の攻撃を行い、魚雷を2本発射。三度目の攻撃は3インチ砲による砲撃を行い、10発発射のうち1発を命中させる。日付が変わってもなお、四度目の攻撃で魚雷を2本発射したが、最終的には取り逃がして撃沈には至らなかった。次いでトラック諸島近海に進出。トラック諸島からソロモン諸島などへの補給路を断つことにした。5月4日夕方、グリーンリングは北緯08度44分 東経150度56分 / 北緯8.733度 東経150.933度 / 8.733; 150.933のトラック北西方海域で特設巡洋艦金城山丸(三井船舶、3,262トン)を発見。グリーンリングは魚雷を1本しか発射しなかったが、これが命中。金城山丸は2つに割れて3分で沈没した。この後、グリーンリングは日本の空母を待ち伏せるよう命令を受ける。5月8日の珊瑚海海戦で第五航空戦隊(原忠一少将)の空母翔鶴は大きく傷いて日本本土に回航されることとなり、瑞鶴もまた後方に引き揚げる事となったが、第五航空戦隊の行動を暗号解読したことを受けて潜水部隊司令部は、グリーンリングなどトラック近海にいた潜水艦に第五航空戦隊を迎撃させる事にした。しかし、"Wounded Bear" (手負いのクマ)と呼称されたこの迎撃は、最終的には空振りに終わる。5月16日、グリーンリングはトラック北西方海域で4隻の駆逐艦に護衛された瑞鶴を発見。しかし、瑞鶴と駆逐艦は高速で走り去って、グリーンリングに攻撃の機会を与えなかった。翌5月17日にもトラックから出てきた2隻の那智型巡洋艦あるいは愛宕型巡洋艦を発見するが、これも4時間ほどで見失ってしまった。グリーンリングは6月4日まで同海域で哨戒を続けた後、帰途にウェーク島およびクェゼリン環礁方面でミッドウェー海戦に敗れた日本艦隊を捜し求めた。6月14日、グリーンリングは57日間の行動を終えて真珠湾に帰投した。帰投後、ブリュトン艦長は次のようにまくし立てた。すなわち、「真珠湾の司令部の人間が迎撃位置についてあれこれ口出ししたのは問題だった。艦長に迎撃位置の選択を任せていれば、空母を仕留める事ができただろうに」と。
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