生物学的・化学的システム
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/06 05:13 UTC 版)
「双安定性」の記事における「生物学的・化学的システム」の解説
双安定な化学系は緩和速度論や非平衡熱力学、確率共鳴、気候変動の分野とのかかわりで広く研究対象とされてきた。細胞周期進行・細胞分化・アポトーシスにおける意思決定プロセスという細胞機能の基本現象を理解する上でも双安定性は重要である。癌発生やプリオン病の初期段階にともなう細胞恒常性の喪失や、新しい種の発生(種分化)ともかかわりがある。キイロショウジョウバエの胚発生を例に取ると、前後軸や背腹軸の形成、ならびに眼の発生に双安定性が関与していることが報告されている。 生物学的・化学的なシステムが双安定性を持つには三つの必要条件を満たさなければならない。正フィードバックの存在、弱い刺激をフィルターするメカニズム、無限の出力増加を防ぐメカニズムである。空間的な広がりを持つ双安定なシステムでは局所相関の発生や進行波の出現が研究されている。 「XがYを活性化させ、YがXを活性化させる」という単純な正フィードバックモチーフ(英語版)でも双安定性を作り出せるが、実際の細胞シグナル伝達では複数のフィードバックループが組み合わされてスイッチを構成し、重要な調節ステップの役割を担っている。これまでの研究により、Xenopus(ツメガエル属)の卵母細胞の成熟、哺乳類のカルシウムシグナル伝達、出芽酵母の極性形成など多くの生物学的システムに、正のテンポラル・フィードバック(英語版)(速いループと遅いループの組み合わせ)、もしくは別タイミングで発動する複数のフィードバックループが組み込まれていることが分かっている。速さの異なるフィードバックの組み合わせには活性化時間と不活性化時間を別々に調節したりノイズへの過敏な反応を抑えたりといった利点がある。 反応系が反応活性因子と阻害因子の両者にフィードバックを行うと、反応物濃度の大きな変化に耐えるロバストな双安定スイッチを実現できる。細胞生物学においては、細胞周期を有糸分裂の段階に進ませる役割を持つサイクリン依存性キナーゼ1 (CDK1) が活性化されると自身の活性因子 Cdc25(英語版)を活性化し、同時に不活性因子 Wee1(英語版) を不活性化する例がある。この二重フィードバックがなくても系は双安定だが、それほど広い範囲の濃度には耐えられないと考えられている。 分泌シグナル伝達分子の一つソニック・ヘッジホッグ (Shh) のシグナル伝達ネットワークは鋭敏な感受性を持つ正負のフィードバックループの組が双安定性を生み出している好例である。Shhシグナル伝達ネットワークは肢芽組織の分化のパターニングなど多くの発生プロセスで双安定スイッチとしてはたらいており、細胞は決められたShh濃度で敏速に状態を切り替える。このシグナルによって転写が活性化された gli1 および gli2 の遺伝子産物は、gli1, gli2 自身の発現をいっそう活発にするとともに、Shhシグナル伝達経路の下流にある標的遺伝子の転写活性化因子としてもはたらく。この正フィードバックと並行して、Gli 転写因子が転写抑制因子の一つ (Ptc) の転写を促進するという負のフィードバックループがShhシグナル伝達ネットワークを調節している。
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