漂流実験の評価
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/20 23:04 UTC 版)
「トール・ヘイエルダール」の記事における「漂流実験の評価」の解説
この航海によって、南米からポリネシアへの移住が技術的に不可能ではなかったことが実証されたと一般には思われているが、南米大陸の太平洋側にはフンボルト海流という強力な海流が流れており、風上への航走能力を持たないいかだではフンボルト海流を越えてポリネシアへの貿易風に乗ることは困難である。実際、コンティキ号は軍艦に曳航されてフンボルト海流を越えた海域(陸地からおよそ80キロメートル)から漂流実験を開始しており、この点をもって実験航海としての価値はさほど高くないと指摘されている。 現在、人類学者・考古学者・歴史学者・遺伝学者などほとんどの研究者は、考古学・言語学・自然人類学・文化人類学的知見、および遺伝子分析の結果を根拠に、南米からの殖民は無かったとしている。ポリネシアへの植民はポリネシア人が考案した風上への航走能力を持つ航海カヌーを用いて、台湾から東南アジア島嶼部、メラネシア、西ポリネシア、東ポリネシアという順序で行われたと考えており、風上への航走技術を持たなかった南米の人々が自力でポリネシアに渡った証拠は無いと考えている。 その一方で、本当にフンボルト海流を筏で乗り越えられないかどうかは不明だとしてヘイエルダール説を擁護する意見も存在している。特にコロンブス以前から既に、オセアニア一帯で中南米原産のサツマイモが栽培されていたことから、南米からポリネシア方面への文化的影響は皆無ではなかったとする意見である。だが、この点についても南米先住民がポリネシアに航海したと考えるよりは、ポリネシア人が南米大陸に来航してサツマイモを持ち帰ったと考える方が自然であり、現在のところ研究者の大半はそちらの仮説を支持している。 また最近になって、カリフォルニア大学バークレー校の言語学者キャサリン・クラーらは、北米先住民チュマッシュ族とポリネシア系言語の語彙比較および出土物の放射性炭素年代測定から、ポリネシア人と北米先住民の文化接触の可能性を指摘した論文をCurrent Anthropology誌とAmerican Antiquity誌に投稿し、いずれの雑誌でも査読者の意見は割れたが、最終的にAmerican Antiquity誌に受領されて2005年7月号に掲載された。ただし、この論文ではポリネシア側からの文化接触の可能性は示唆できても、南米側からの能動的な接触の証拠にはならない。 また、「アステカ文明とエジプト文明との類似」についても、それぞれの文明が発生した年代が離れすぎており、「類似は偶然にすぎない」という説がほぼ主流である。特にピラミッドに関しては、技術が未発達な段階において、そこまで巨大な石造建造物を建設するには、どうしてもこの形にならざるを得ない(垂直に切り立った石壁とするには、ピラミッドよりも高い建築技術が必要である)ための類似であると考えられる。ただし、ミトコンドリアDNAハプログループXおよびY染色体ハプログループR1の不可解な分布は、エジプト・ヨーロッパからアメリカへの移住が存在したとする、彼の説を支持する可能性がある。 このようにヘイエルダールの学説には否定的見解が優勢であるが、自説を実証するために冒険を行ったヘイエルダールの業績自体は高く評価されている。ポリネシア人の東南アジア起源説を主張する学者たちからも尊敬の対象となっており、例えばこれまで唯一、オリジナルの古代ポリネシアの航海カヌーを発掘するなどの業績を持つ篠遠喜彦も彼への敬意を明言している。
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