永納山城跡とは? わかりやすく解説

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永納山城跡

名称: 永納山城跡
ふりがな えいのうさんじょうあと
種別 史跡
種別2:
都道府県 愛媛県
市区町村 西条市河原津今治市松山
管理団体
指定年月日 2005.07.14(平成17.07.14)
指定基準 史2
特別指定年月日
追加指定年月日 平成19.07.26
解説文: 永納山城跡は、愛媛県中部高縄半島の東付け根所在する古代山城跡である。北方には芸予諸島瀬戸内海横断するように続くのが一望でき、周辺来島海峡古くから瀬戸内海交通軍事等の要衝となっている。瀬戸内海大陸から畿内地方通じ海上交通大動脈であり、沿岸には石城山神籠石鬼城山大廻小廻山城城山屋島等の古代山城跡が防衛拠点として所在する
永納山城跡は、南北約1.0km、東西約0.8km、標高約130mの永納山と、その北西部位置する南北約0.2km、東西約0.3km、標高約130mの医王山二つ独立した山塊上に立地する昭和52年分布調査により発見され平成14年度からの東予市教育委員会による確認のための発掘調査結果山塊上に花崗岩製の切石列と土塁確認した
永納山南西部から南部東部にかけては、尾根筋から尾根斜面にかけて岩盤露出顕著であり、垂直に切り立った露岩により絶壁となる場所も見られる北東部北部山頂から尾根比較緩やかな傾斜延び、北の谷へ向かい下っていく。西部多少起伏はあるものの比較緩やかに尾根延び岩盤はさほど顕著に見られないが、医王山方向へは急傾斜尾根が下る。医王山山肌各所岩盤露出し、場所によって垂直に切り立っている。
永納山城跡の外郭線は、山の尾根からやや下がった外側斜面直線的なものが屈曲しながら続き尾根傾斜沿うように東西約470m、南北約720mの範囲巡らしており、全長は約2.5kmを測る外郭線は絶壁状に切り立つ岩盤巧みに利用したもので、岩盤間には花崗岩自然石もしくは割石用いた小ぶり列石一段置いた上に土塁構築することを基本とする。北東部比較的な緩やかな尾根斜面では、特に列石土塁残存良好である。一方東部では岩盤岩盤の間の鞍部に、幅約5m範囲最大4段石積みが残る箇所もある。城門水門等の遺構現状では確認していないが、永納山の北に入り込む谷筋水門があった可能性指摘されており、北東部尾根斜面では城門可能性のある石積み確認している。また、土塁外側柱穴検出した箇所もあり、これは土塁を築成するためのものと考えられる築造年代直接示す遺物出土していないが、土塁崩壊土中から8世紀前半土器出土している。
永納山城跡は、その構造と他の類例から7世紀後半頃に築造された古代山城考えられるこの頃は唐や半島諸国との対外関係が緊張した時代であり、古代山城跡が対馬から近畿地方まで約30箇所知られている。永納山城跡は瀬戸内海防衛一翼担い畿内地方への侵攻食い止める目的築造された可能性高く7世紀対外関係を示す遺跡として極めて重要である。



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