武田氏研究とは? わかりやすく解説

武田氏研究

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/06 08:33 UTC 版)

武田氏」の記事における「武田氏研究」の解説

甲斐武田氏では近世軍記物である『甲陽軍鑑』が成立し武田信玄存在中心に広く知名度があり、江戸時代から近代にかけて地元においても郷土象徴的人物位置づけられていった明治期には郷土史家により信玄勤皇家や郷土英雄として信玄像を位置づけることを目的とする研究や、戦史中心研究が行われていた。また、大正・昭和初期には県内実業家名望家中心に郷土研究流行し、『甲斐史料集成』や『甲斐叢書』などの史料刊行行われ山梨郷土研究会発足し実証的研究スタートした戦後には昭和30年代から研究活発化し、奥野高広磯貝正義上野晴朗らがそれぞれ実証的信玄評伝発表した資料制約から研究信玄・勝頼期が中心となっているが、前代信虎期や後代の勝頼期へも視点向けられ三代以前においても『吾妻鏡』史料批判による鎌倉時代の甲斐源氏武田氏に関する研究や、上杉禅秀の乱契機とする甲斐国動向着目した南北朝・室町期研究行われている。 戦後には武田氏関係文書新発見文書編纂進み後述)、『軍鑑』や近世総合地誌である『甲斐国志』など史料刊行行われ、『勝山記』など新史料も発見された。1987年昭和62年)には武田氏研究会が発足し現在に至るまで武田氏研究の中心的存在となっている。一方考古学分野では山梨県埋蔵文化財センター県内外の市町村教育委員会などによる発掘調査進展し武田氏館跡勝沼氏館跡など武田氏関係する考古遺跡における発掘や、中世考古学進捗により発見が相次ぎ史跡整備進んでいる。また、2005年平成17年)には山梨県立博物館開館し武田氏に関する資料収集調査研究展示活動行っている。 現在では社会経済史視点からの研究戦国大名武田氏権力構造解明家臣団個別研究のほか、財政治水事業軍事外交交通都市問題、商職人支配郷村支配宗教美術など細分化した分野における実証的研究民俗学アプローチなど研究地平が広っている。一方で網野善彦はこうした武田氏甲斐源氏中心研究に対して甲斐中世史において他氏族果たした役割強調し武田氏以外の氏族研究必要性主張している。

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「武田氏研究」を含む「武田氏」の記事については、「武田氏」の概要を参照ください。

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