木歩七〇句
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/11 05:10 UTC 版)
(花田春兆選) 背負はれて名月拝す垣の外 哀れ我が歩みたさの一心にて作りし木の足も、今は半ば あきらめて、其の残り木も兄の家の裏垣の枸杞茂る中に 淋しく立てかけてありぬ。 枸杞(くこ)茂る中よ本歩の残り居る 火蛾の輪にランプと我とじつとあり 机見入れば木目波立つ夜寒(よさむ)かな 仁王丸を泊めて 徴(かび)臭き夜着を引き合ふ蟲の宿 鶏買ひの度はづれ声や挑の花 風呂を出て迎ひ待たれつ夏の月 我等兄弟の不具を鰻売るたたりと世の人の云ひければ 鰻ともならである身や五月雨(さつきあめ) 蟲けらの壁からも出る五月雨 蝙蝠(かはほり)や漬け物を買ふ笊(ざる)の銭 菓子買はぬ子のはぢらひや簾影(すだれかげ) 夜寒さや吹けば居すくむ油蟲 裏の叔母の転寝(うたたね)に覚めて笛人形を作り居るさまに 秋の夜や人形泣かす一つ宛(づつ) 身を売りし妹の朔日の宿下りとて来れども、奉公馴れぬ ためにやいたくやつれしさま憐れなり 居眠りもせよせよ妹の夜寒顔 十五夜や母の薬の酒一合 隣家 母無くて結ひ合ふ髪や盆の月 病臥 我が肩に蜘緋(くも)の糸張る秋の暮 今日も亦雨なるに、ここ二、三目見えぬ末の妹や小鈴を 恋しむ。三味線のきき度き心もをかし。 泣きたさをふと歌ひけり秋の暮 久しく叔母の家に秘め置きし木の足の望みもはてし今は、 焚き物にでもせよかしと云ひやりぬ。 人に秘めて木の足焚(た)きね暮るゝ秋 (註・「焚きね」は焚きなさいの意) 我が尻に似てしなびたる糸瓜(へちま)かな 病中 ひだるさに夜明け待たるる蟲の声 紋帳吊るも寒さしのぎや蟲の宿 己が影を踏みもどる児よ夕蜻蛉 こほろぎや仮の枕のくされ本 冬の夜やいさゝか足らぬ米の銭 小庵駄菓子を売る 小春日や客まかせなる箱の銭 凩(こがらし)や薪のそゝくれ噛む小犬 木の如く凍てし足よな寒鴉(かんがらす) 足の凍てたる冬季は綿子にくるまって這いつつ用を足す 犬猫と同じ姿や冬座敷 (註・綿子は真綿で作った着物) 膝つ子の人形屑(へち)にぬくもる雪催ひ (註・人形屑(へち)はおがくずで固めて 作った人形の、余分についている屑) 蟻共の尻みな光る春日かな 小松島 行く春や蘆間(あしま)の水の油色 (註・小松島は現在の墨田区寺島三丁目一帯の俗称にし て、当時墨田堤の土手外の島の如き約三万坪の地を指し て斯く呼べり。) 船の子の橋に出遊ぶ紋喰鳥(かくひどり) (註・蚊喰鳥は蝙蝠のこと) 病妹 かそけくも咽喉(のど)鳴る妹(いもと)よ鳳仙花(ほうせんか) 死期近しと夕な愁ひぬ鳳仙花 あぶれ蚊や夜なべの灯吊る壁のもと 乏しさの湯槽(ゆぷね)に浸(ひ)たり冬の雁 宵ひそと一夜飾りの幣(ぬさ)裁(た)ちぬ たまさかは夜の街見たし夏はじめ 鶏頭枯るゝ照りに墓地の蚊おとろへず 墓地越しに街裏見ゆる花木槿(はなむくげ) 母脳溢血 母のみとりに仏灯忘る宵の冬 冬田越しに巷(ちまた)つくれる灯(ともし)かな 亡き人々を夢に見て 夢に見れば死もなつかしや冬木風 行く年やわれにもひとり女弟子 葛飾(かつしか)や釣師ゆきかふお元日 水のよな雲を透(す)く日や菖蒲咲く 簀(す)の外の路照り白らむ心天(ところてん) 病床未だ離れがたき身の声風が手すさびに写真を撮りて 面影の囚(とら)はれ人に似て寒し ひやひやと芦透(す)けて見ゆ焚火かな 獅子舞のひそと鎖(さ)しゐて夕餉かな 病み臥(ふ)して啄木忌知る暮の春 夜桜や街あかりさす雲低し 行人の螢くれゆく娼婦かな 街折れて闇にきらめく御輿(みこし)かな 秋風の背戸からからと昼餉かな 蟲売や宵寝のあとの雨あがり 遠(を)ち方(かた)の鶏音に覚めし深雪(みゆき)かな ロダン追想 闊歩(かつぽ)して去りし人恋ふ夜半の冬 遠火事に物売通る静かかな すべもなき唖が身すぎか猿廻し 病体夜々寝汗になやむ 夜着うすくして淋しらや春浅き 貸本屋をいとなみ一年に及ぶ なりはいの紙魚(しみ)と契りてはかなさよ 老郵便夫の労をねぎらうべく寸志を贈る 老が汗のよすがともなし郵便夫 夕照りやしろじろ寒き家あはひ 女親しう夜半(よは)を訪ひよる蒸し暑き 妓によする 紫陽花(あじさい)やなりはひにあるを佗びて弾く 女出て螢売呼ぶ軒浅き 風鈴売荷をあげてゆき昼ひそむ すみだ川舟遊 夜釣りの灯なつかしく水の闇を過ぐ
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