木次線開業及び簸上鉄道国有化後とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > ウィキペディア小見出し辞書 > 木次線開業及び簸上鉄道国有化後の意味・解説 

木次線開業及び簸上鉄道国有化後

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/09 09:17 UTC 版)

木次線」の記事における「木次線開業及び簸上鉄道国有化後」の解説

1927年昭和2年12月より国有鉄道木次線工事開始された。三成までの工事3区間に分けて工事が行われた。1928年昭和3年6月14日より下久野トンネル工事開始された。2年2か月後の1930年昭和5年8月トンネル貫通し翌年1931年昭和6年4月19日竣工したトンネルには1179788円もの費用要した1932年昭和7年12月18日国有鉄道木次線 木次駅 - 出雲三成駅間 (20.4km) が開業日登駅下久野駅出雲八代駅出雲三成駅開業1934年昭和9年8月1日簸上鉄道国有化され宍道駅 - 出雲三成駅間が木次線となる。大東町駅出雲大東駅改称11月20日出雲三成駅 - 八川駅間 (14.8km) が延伸開業亀嵩駅出雲横田駅八川駅開業1937年昭和12年12月12日八川駅 - 備後落合駅間 (25.6km) が延伸開業し全通出雲坂根駅油木駅開業1949年昭和24年12月24日三井野原仮乗降場開業1958年昭和33年9月1日三井野原仮乗降場が駅に変更され三井野原駅開業1959年昭和34年11月木次線管理所設置1962年昭和37年1月1日南宍道駅開業1963年昭和38年2月1日加茂中駅幡屋駅下久野駅出雲八代駅亀嵩駅出雲坂根駅において、大口貨物取扱廃止10月1日南大東駅開業1971年昭和46年):貨物取扱量1965年比較して5年間で半減沿線生産されていた木炭需要エネルギー革命消滅木材運搬減少したことによる。そのため、加茂中駅木次駅出雲三成駅出雲横田駅を除くすべての駅で荷物貨物の取り扱い廃止される1982年昭和57年11月7日全線貨物営業廃止1983年昭和58年3月2日出雲坂根駅 - 三井野原駅間で木次備後落合行の単行列車脱線し崖下転落。6人負傷キハ53-6が廃車1985年昭和60年3月14日:全駅で荷物取扱廃止

※この「木次線開業及び簸上鉄道国有化後」の解説は、「木次線」の解説の一部です。
「木次線開業及び簸上鉄道国有化後」を含む「木次線」の記事については、「木次線」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「木次線開業及び簸上鉄道国有化後」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「木次線開業及び簸上鉄道国有化後」の関連用語

1
10% |||||

木次線開業及び簸上鉄道国有化後のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



木次線開業及び簸上鉄道国有化後のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの木次線 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS