放送用語基準の策定
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/22 15:17 UTC 版)
1934年1月に日本放送協会は「放送用語並発音改善調査委員会」(以下、本記事においては同委員会と略す)を発足させた。委員を務めたのは明治期に言文一致運動を推進した『言語学雑誌』の主要メンバーが中心となっている。同委員会は同年3月に『放送用語の調査に関する一般方針』を成立させた。 放送用語の調査は、ラヂオ視聴者の共通理解を基準として、美しい語感に富む「耳のコトバ」を建設し、放送効果の充実を図ることを目的とする。 放送用語は、全国中継アナウンス用語(以下「共通用語」と称す)を主体とする。 共通用語は、現代の国語の大勢に順応して、大体、帝都の教養ある社会層において普通に用ひられる語彙・語法・発音・アクセント(イントネーションを含む)を基本とする。 共通用語と方言との調和をはかる。 調査事務を二部に分ける。基本調査 当用に資するための調査 基本調査は、諸項に分けて進める皇室に関する敬語の用法 語彙語彙(外来語を含む)・句法の選択及び拡充 漢語の整理 同音語の整理 専門用語の調査 固有名詞の読み方人名 地名 満蒙・支那の固有名詞 発音共通用語の発音 共通用語のアクセント 外来語の発音 語法 言語効果の実験的調査 当用に資するための調査は、日日の放送業務上の必要に応じてこれを行う — 『放送用語の調査に関する一般方針』 指針の最後にあるように、放送用語は「固定不変なものではなく、絶えず変容していくもの」とされている。同委員会は1940年に活動を終了するまで120回の会議を開き2000語以上の発音やアクセントを審議決定し、種々の資料を刊行した。1939年の記録によれば、審議・決定された「言語上の問題」は、アクセントに関する問題が1311件、漢語の字音に関する問題が504件、外来語の語形に関する問題が229件であった。その後も1940年から1945年までは「ニュース用語調査委員会」、1946年から1951年までは「用語研究会」、1951年からは「放送用語委員会」と名称を変更して現在に至っているが、おおよそこの方針に従って日本語に関する調査研究を行い、適時放送用語の基準を改めてきたとされる。 こうした基準が策定された一方で、アナウンス方法の統一した研修を目的として1934年1月に東京でアナウンサーの一括採用を行った。同時期の資料によればアナウンサーたちは研修の充実を要望する一方で、特に地方において一律に指導することへの抵抗があったことも伺える。
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