境橋_(新潟県・富山県)とは? わかりやすく解説

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境橋 (新潟県・富山県)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/05/04 01:33 UTC 版)

境橋
新潟県側から富山県側を望む
基本情報
日本
所在地 新潟県糸魚川市市振 - 富山県下新川郡朝日町
交差物件 境川
用途 道路橋
路線名 国道8号
管理者 国土交通省北陸地方整備局高田河川国道事務所
竣工 1952年昭和27年)
座標 北緯36度58分42.5秒 東経137度38分7.8秒 / 北緯36.978472度 東経137.635500度 / 36.978472; 137.635500 (境橋)
構造諸元
形式 単純T桁橋
材料 鉄筋コンクリート
全長 109.0 m
7.5 m
関連項目
橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式
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境橋(さかいばし)は、新潟県糸魚川市富山県下新川郡朝日町を結ぶ境川に掛かる国道8号新潟県道・富山県道115号上路市振停車場線桁橋

概要

  • 左岸:富山県下新川郡朝日町境
  • 右岸:新潟県糸魚川市市振
  • 路線名:一般国道8号
  • 形式:RC単純T桁橋(10連)[1]
  • 橋長:109.0 m[1]
  • 幅員:7.5 m[2]

歴史

1878年明治11年)7月、明治天皇の北陸巡幸を機に石川県[注 1]新潟県が共同で長さ40、幅員15木橋である「境川橋」を架設したのが始まりである。それ以前は沿村の川越人が仮橋を架けたり、徒捗を助けていたが、降雨の度に増水し、交通の難所となっていた[3]

最初の架橋以後、部分的流出や復旧を繰り返したのち、1899年(明治32年)、長さ60間1尺、幅員18尺という現在に近いものになった。1905年(明治38年)には、橋の管理が新潟、富山両県が5年ずつ交替で行うことが定められた[3]

かつて切り通しには同橋と同じ幅員の長さ約30mの小橋が架けられていた。小橋は、1930年頃に埋め立てられ、幅員約3mの永久橋となった[2]

現在の橋は1952年昭和27年)8月24日竣工[4]の橋であるが、塩害による損傷のため、2012年平成24年)度に本橋など5橋の架け替え事業である糸魚川地区橋梁架替IIが事業化されている[1]

脚注

注釈

  1. ^ 当時の富山県は石川県の管轄であった。

出典

  1. ^ a b c 国道8号糸魚川地区橋梁架替(国土交通省北陸地方整備局高田河川国道事務所、2017年10月)
  2. ^ a b 『境村史』(2011年6月1日、朝日町境区発行)94頁。
  3. ^ a b 角川日本地名大辞典 16 富山県』(1979年10月8日、角川書店発行)371ページ
  4. ^ 『境村史』(2011年6月1日、朝日町境区発行)206頁。

関連項目




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