合成及び構造
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/24 02:26 UTC 版)
サリンは有機リン化合物であり、四面体形分子構造と4つの置換基を持つ。光学異性体があり、Sp 体の方がアセチルコリンエステラーゼ結合作用が強く、生体毒性が高い。 サリンの合成は、有機リン化合物合成における手法を通じて行われる。オウム事件裁判で明らかにされた手法としては、 1.三塩化リン、メタノールを原料とし、溶媒としてn-ヘキサンを、反応促進剤としてN,Nジエチルアニリンを用いて、亜リン酸トリメチルを生成する。その際、反応の過程で発生する塩化水素は、ジエチルアニリン塩酸塩となって沈殿する。 PCl3+3CH3OH+3C6H5N(C2H5)2 →(CH3O)3P+3C6H5N・C2H5)2・HCl 2.亜リン酸トリメチルに触媒としてヨウ素を加え、転位反応によりメチルホスホン酸ジメチルを生成する。その際、瀘過によりヨウ素を除去し、ジメチルを精製する。 P(CH3O)3+I2 →CH3P(O)(CH3O)2+I2 3.ジメチルと粉末状の五塩化リンを加熱した状態で反応させ、メチルホスホン酸ジクロライドを生成する。その際、副生成物としてオキシ塩化リン等が生じるため、この混合物を分留してジクロを精製する。 CH3P(O)(OCH3)2+2PCl5 →CH3P(O)Cl2+2POCl3+2CH3Cl 4.ジクロに原料であるフッ化ナトリウムを反応させ、メチルホスホン酸ジフロライドを生成する。その際、副生成物として塩化ナトリウムが生じる。 CH3P(O)Cl2+2NaF →CH3P(O)F2+2NaCl 5.ジクロとジフロの混合物に原料であるイソプロピルアルコールを反応させ、サリンを生成する。副生成物として発生した塩化水素は、水酸化ナトリウムと反応させて塩化ナトリウムとして除去する。 主反応式 CH3P(O)Cl2+CH3P(O)F2+2(CH3)2CHOH →2CH3P(O)FOCH(CH3)2+2HCl 副反応式 CH3P(O)Cl2+CH3P(O)F2+4(CH3)2CHOH →2CH3P(O)[OCH(CH3)2]2 +2HCl+2HF ただし、サリンそのものは反応性が高い上に漏洩した場合に非常に危険であることから、化学兵器砲弾や爆弾においてはメチルホスホニルジフルオリドとイソプロピル化合物を分離状態で同梱しておき、兵器として使用する時に混合する方法が用いられた(バイナリー兵器)。オウム真理教の場合はこれとは異なり、あらかじめサリンを合成しておき、池田大作サリン襲撃未遂事件、松本サリン事件では貨物自動車を改造して設置した噴霧装置を用いて、滝本太郎弁護士サリン襲撃事件では遠沈管、地下鉄サリン事件ではサリンを有機溶剤に溶解させたものを袋に密閉し、穴をあけて染み出させることによる散布が行われた。 しかし、サリンは合成過程における中間生成物の段階で既に極めて毒性が高く、廃棄物もまた高い毒性を持つ。さらに生成過程で使用される化学物質は腐食性も高くガラスを腐食させるので、通常のフラスコなどでは合成できず、高度に専門的な知識と技術、設備が必要となる。これら設備を持たない者が合成を試みたところで、その合成過程で負傷・死亡する危険性が高い。殺虫剤の構造式と紙一重であり、P=O二重結合をもっている。 日本では、かつて長野県警察が市販の農薬からサリンの合成が可能であると主張していたが、これは完全に誤りである。確かにイソプロピルアルコールは工業原料・有機溶剤などとして一般に広く市販されており、前駆体であるリン塩化物についても法規制が敷かれているものの、化学工業や化学実験などで汎用される物質であることから入手が比較的容易なのは事実である。しかし、サリンは熱や水で容易に分解する上、合成段階では極めて不安定になる性質を持つため、サリンに至る製造工程では様々な化学用機材や高度な脱水技術のほか多段階の反応制御・精製技術・温度管理が必要であり、また多くの危険を伴う作業となる。上述した通り、オウム真理教もサリン製造にあたっては、それを目的とした研究室や大掛かりなサリンプラントを建造し、化学方面の高度な専門的知識に知悉した土谷正実らの信者が携わり、長谷川ケミカルなどのダミー会社を経由して原料を取得している。オウム真理教に対する査察においてオウム真理教の施設からは三塩化リン・フッ化ナトリウム(メチルホスホン酸ジメチル・メチルホスホン酸ジクロリドからメチルホスホン酸ジフルオリドを合成する段階で使用)などが発見され、それまではあくまで疑惑であったオウム真理教のサリン製造を裏付ける強力な物証となった。
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