古史古伝とは? わかりやすく解説

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古史古伝

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/09/01 16:50 UTC 版)

古史古伝(こしこでん)とは、日本古代史で主要史料とされている『古事記』や『日本書紀』とは著しく異なる歴史を内容として伝える文献を一括して指す名称[1]。日本最古の歴史書とされる『古事記』『日本書紀』において神武天皇以前は神話として扱われるため、それらよりも古い神代を歴史として扱うことから古史古伝は記紀以前の書超古代史とも呼ばれる[2]。種類が多く、また超古代文献超古代文書ともいう。

漢字伝来以前の日本の歴史を記録している関係上、神代文字で記述されたものや神代文字に関する言及を含むものがきわめて多く[2]、総じてアカデミズムからは偽書として扱われ、史料価値を認められていない[3][4][2]

古史古伝の呼称は、超古代史研究者・吾郷清彦が神代に関する記述を含む古文献を「古典」「古史」「古伝」の3つに分類したことに由来する[3][2]。そのうちアカデミズム公認のものを指す「古典」を除いた文献についての総称として佐治芳彦が「古史古伝」を用い、この語が定着した。吾郷は「古典」として『古事記』『日本書紀』『古語拾遺』『先代旧事本紀(旧事紀)』を挙げているため[2]、これに従えば今日では平安時代の偽書とされる『先代旧事本紀』は「古史古伝」に含まれないこととなる。吾郷自身はこのような文書の総称として当初は超古文書という呼称を使用していた[2]。このような経緯から「古史古伝」の呼称は実態を反映していないものとして批判も存在する[2]

外国においても古史古伝同様、アカデミズムから史料価値を認められていない超古代について言及した文献として『ウラ・リンダ年代記』や『ド・ジャンの書』が存在しており、『桓檀古記』『檀奇古史』『揆園史話』は"韓国版「古史古伝」"と呼ばれることがある[5]。また『桓檀古記』『檀奇古史』『揆園史話』『竹書紀年』『山海経』といった韓国や中国の文献についても、日本の起源を記したものと解釈する立場から「古史古伝」「超古代史」に分類されることがある[6]

藤原明は「超古代史」という概念の曖昧さや分類基準・共通項が不明である点から「近代偽撰国史」という分類を提唱し、中世日本紀を源泉として先代旧事本紀大成経の影響を受けながらこれらが成立したと推測している[6]。『上記』研究者の田中勝也は異端古代史書という呼称を提唱した。

概論

古史古伝は、

  1. 写本自体が私有され非公開である、などの理由で史料批判がなされる予定がなく、史料として使えないものも多い
  2. 超古代文明について言及されている
  3. 漢字の伝来以前に日本にあったという主張がある神代文字で綴られている
  4. 上代特殊仮名遣に対応してない(奈良時代以前の日本語母音が8個あったが、5母音の表記体系である)
  5. 成立したとされる年代より後(特に近代以降)の用語や表記法が使用されている

等々の理由で古代史研究における歴史学的な価値は無く、古代からの伝来である可能性も無いと考えられている。しかし、古史古伝は種類が多く上記特徴もすべての古史古伝に共通しているわけではなく、それらの諸点についての度合いは各書ごとに様々である。

日本のものの場合、江戸時代成立とみられる文献もあり、それらには江戸時代的な特徴はあるが、近代以後の用語などは存在しない。ただし、いずれの「古史古伝」においても「偽書である『古史古伝』ではなく、真書である」と主張する人々はかつて存在したか、もしくは現存している。

現在では、近代における日本人の国家観・民族観への受容等のあらわれとして、文献の作成を行う者の思想に対する研究が始まったところである。

古史古伝を含む偽史の作成は、それが作成される社会と時代における時代精神を反映している。原田実オウム真理教が偽史運動から登場した事を指摘している[7]。実際に教祖の麻原彰晃は、古史古伝に登場するヒヒイロカネに関する記事をオカルト雑誌のムーに発表したことがある[8]。いわゆるトンデモ本や新興宗教が偽史や古史古伝に立脚しているケースは多々見られる。

名称由来

第二次世界大戦前には「神代史」「太古史」など言われ、戦後(1970年代頃まで)には吾郷清彦が「超古代文書」と呼んでいた。

また同じ頃、武田崇元(武内裕)は「偽書」「偽史」「偽典」などと発言、しかし「偽書」「偽典」は用語としてすでに確立した別の定義が存在しており紛らわしいので、やがて「偽史」という言い方に統一されていった。

「古史」「古伝」との言い方は、吾郷清彦が著書『古事記以前の書』(大陸書房、1972年)で最初に提唱したもので、この段階では「古典四書」「古伝三書」「古史三書」とされていたが、著書『日本超古代秘史資料』(新人物往来社、1976年)では、「古典四書」「古伝四書」「古史四書」「異録四書」に発展した[9][2]。吾郷はこれらの分類基準を明確にしていないが、「古典」はアカデミズムで採用された文献、「古史」はアカデミズムで採用されていない文献で神代文字に関する伝承を含むもの、「古伝」はほぼ全文が神代文字で書かれている文献を指していると考えられる[2]。吾郷は『日本超古代秘史資料』では「古伝四書」「古史四書」「異録四書」の総称として「超古文書」という呼称を用いている[10]

佐治芳彦が『謎の竹内文書』(徳間書店、1979年)において、吾郷の分類における「古史」「古伝」さらには「異録」の一部を含めた総称として「古史古伝」という呼称を用いた[2]

下記の分類は前述の『日本超古代秘史資料』を基本としているが、その後、他の文献写本が発見されるに従って吾郷清彦自身によって徐々に改訂が繰り返され増殖していった。その分として若干の補足を加えてある。

吾郷清彦による分類

古典四書

『先代旧事本紀』を除いて「古典三書」ともいう[11]。この「古典四書」(または古典三書)という分類は、異端としての超古代文書に対して正統な神典としての比較対象のための便宜的な分類であり、「古典四書」はいわゆる超古代文書(古史古伝)ではなく、通常の「神典」から代表的・基本的な四書を出したもので、実質は神典の言い替えである(神典の範囲をどう定めるかは古来諸説があるがこの四書に加えて『万葉集』『古風土記』『新撰姓氏録』などをも含むことが多い)。

『先代旧事本紀』については江戸時代以来、偽書であるとの評価が一般的であり、今日では平安時代の偽書とされている。吾郷は『先代旧事本紀大成経』偽作説のあおりを受けて『先代旧事本紀』そのものも偽書として扱われることに反対し、10巻本『先代旧事本紀』は記紀を補う重要な史書と位置付けている[12]

同様に『天書』(『天書紀』ともいう)・『日本総国風土記』・『前々太平記』の三書を異端古代史書として古史古伝と同様に扱おうとする説(田中勝也など)もあるが、このうち『天書』は古史古伝の類とはいえず、他の二書も超古代文書というほどの内容をもっているわけではない。

『先代旧事本紀』または『天書』と似たような位置にある史書として『住吉大社神代記』がある。天平年間成立とされているが平安時代中期頃の偽書と考えられている。『神道五部書』は、奈良時代以前の成立とされているが鎌倉時代の偽書と考えられている。『神道五部書』は直接には古史古伝ではないが、そのうちの『倭姫命世記』と『神祇譜伝図記』に神代の治世の年代が記されており、これが古史古伝の幾つかにあるウガヤフキアエズ王朝と同質の発想があるという指摘がある[13]

通常の古代史書が、解釈によって古史古伝と同様の内容があるとされる場合もある。吉田大洋は『古事記』がシュメール語で読めると主張したが、その解釈には超古代史的な内容もある[14][15]。高橋良典は『新撰姓氏録』を超古代史書として解釈している[16]。これらは吉田大洋や高橋良典の解釈説の内容が超古代史と言うことであり、本文そのものが超古代史なわけではない。

古伝四書

『古事記以前の書』では「カタカムナ」を除いて「古伝三書」とする[17]

この「古伝四書」は全文が神代文字で書かれているという外見上の体裁による分類であって、内容に基づく分類ではない。

また、『フトマニ』という書がある。この『フトマニ』は普通名詞の太占(ふとまに)と紛らわしいので吾郷は『カンヲシデモトウラツタヱ』(神璽基兆伝)と名付けた。『フトマニ』『ホツマツタヱ』『ミカサフミ』の三書は世界観を同じくする同一体系内の一連の書であり「ホツマ系文書」と呼ばれ、一部の肯定派の研究者からは「ヲシテ文献」と一括して呼ばれる。

なお、カタカムナに関係する『神名比備軌』(かむなひびき)や『間之統示』(まのすべし)という漢字文献も「カタカムナ系の文献」として一括できるが、これらカタカムナを含むカタカムナ系の諸文献は「歴史書」ではない。「超古代文書=古史古伝」は、このように歴史書以外をも含む幅広い概念となっている。

古史四書

  • 九鬼神伝精史」(いわゆる「九鬼文書」。『天津鞴韜秘文』(あまつたたらのひふみ)は九鬼文書群の一部である)
  • 竹内太古史」(いわゆる「竹内文献」。「天津教文書」「磯原文書」ともいう)
  • 富士高天原朝史」(いわゆる「富士谷文書」(ふじやもんじょ)。「宮下文書」「富士宮下古文献」ともいう)
  • 「物部秘史」(いわゆる「物部文書」)

『古事記以前の書』では「物部秘史』を除いて「古史三書」とする[17]

「古史四書」は神代文字をも伝えてはいるものの、本文は漢字のみまたは漢字仮名まじり文で書かれたもの。やはり内容による分類ではない。上記のタイトル(九鬼神伝精史・竹内太古史・富士高天原朝史・物部秘史)は吾郷清彦が独自に名付けたものである。九鬼文書と富士文書は複数の書物の集合体であって全体のタイトルがなかったことによる[注釈 2]

竹内文書、大友文書、富士文書を三大奇書ともいう[注釈 3]

異録四書

  • 東日流外三郡誌』(つがるそとさんぐんし)。いわゆる「和田家文書」の一つ[注釈 4]
  • 『但馬故事記』(たじまこじき。「但馬国司文書」とも。但馬故事記は本来は但馬国司文書の中の代表的な書物の名)
  • 『忍日伝天孫記』(おしひのつたえてんそんき)
  • 『神道原典』(しんとうげんてん)

『神道原典』を除いて「異録三書」ともいう[要出典]

「異録四書」は古伝四書や古史四書に含まれないものをひとまとめにしたもので、いわゆる「その他」の枠であり、古伝四書・古史四書のように四書全体に通じる共通の特徴があるわけではない。

『忍日伝天孫記』と『神道原典』は古文書・古文献ではなく、前者は自動書記[18]、後者は霊界往来による霊感の書[19]である。このように吾郷清彦の「古史古伝」(超古代文書)という概念は「古代から伝わった書物」という意味だけでなく、「自動書記などの霊感によって超古代の情報をもたらす現代の書」まで含む幅広い概念である[注釈 5]。吾郷は上記の他にも、超古代文書として『異称日本伝』・『神伝上代天皇紀』・「春日文書」を取り上げている[要出典]が、このうち『異称日本伝』は松下見林による江戸時代の有名な著作であり、超古代文献とはいえないものであることは、後述の『香山宝巻』と同様である。また「春日文書」は言霊(ことだま)関係の文献[注釈 6]であり歴史書ではないが、古史古伝には歴史書以外も含みうるのは、上述のカタカムナの場合と同じである。

吾郷清彦による分類の発展

大東四書

  • 桓檀古記
  • 『契丹古伝』(『神頌叙伝』)
  • 『于闐秘録』
  • 『宝巻変文類』

吾郷は鹿島昇訳『桓檀古記』(歴史と現代社、1982年)「刊行に寄せて」で「大東四書」という分類を提案している[20][2]。しかし『于闐秘録』『宝巻変文類』は実体としては『香山宝巻』(『観世音菩薩本行経』)という中国・代の仏教説法台本で、両者は同一のものである[2]

東亜四書

  • 『契丹古伝』
  • 『桓檀古記』
  • 『香山宝巻』
  • 『宝巻変文類』

『宝巻変文類』を除いて東亜三書ともいう。

吾郷は「新しき世界へ」誌(日本CI協会刊)に寄稿した際「東亜四書」という項目を追加している。

構想段階では『香山宝巻』『宝巻変文類』がなく『竹書紀年』『穆天子伝』だったが、この両書を古史古伝だというのは無理があり、後の著作[どれ?]では『竹書紀年』『穆天子伝』をはずし『香山宝巻』『宝巻変文類』を入れた形で発表されている。しかし『香山宝巻』『宝巻変文類』は世間的には有名ではなかったが専門家の世界ではもとから知られたものであり、超古代史文書に入れるのは異論もある[誰によって?]。ほかに東アジアに関連するものとして『山海経』『封神演義』をあげる論者[誰?]もいるが、『山海経』は古来有名な古典であり、一方『封神演義』は小説であり、いくら内容が面白いからといってもこの両書を古史古伝というのは無理がある。それよりも『契丹古伝』や『桓檀古記』とならぶべき超古代文書といえば『南淵書』があげられる。また『桓檀古記』は『揆園史話』や『檀奇古史』などの同系の書物とともに「檀君系文献群」として一括してよぶことができる。

泰西四書

「アカーシャ年代記」を除いて泰西三書ともいう。

他にジェームズ・チャーチワードが実在を主張した「ナーカル碑文(Naacal)」、ヘレナ・P・ブラヴァツキーが実在を主張した『ドゥジャーンの書』、「エメラルド・タブレット」、「トートの書」等がある。また『ネクロノミコン』は当初から小説の中の存在として発表されたが、実在と信じる人にとっては超古代文書の一種である。

『OAHSPE』はアメリカ人の歯医者John Ballou Newbroughが自動書記で書いたとされており、「アカーシャ年代記」は不可視界の存在であるとされ、どちらも古文書ではない。他にアメリカ人リバイ・ドーリングがアカシックレコードを読んで書いたというキリストの前半生の物語『宝瓶宮福音書』(1908年)も古史古伝に入れられている。

地方四書

  • 『甲斐古蹟考』
  • 阿蘇幣立神社文書」(「高天原動乱の秘録」ともいう)
  • 『美しの杜物語』(研究者の間では『大御食神社神代文字社伝記』とよばれることが多い。また『美杜神字録』ともいう[注釈 10]。『美しの杜物語』は吾郷の命名である[注釈 11]。)
  • 『真清探當證』(ますみたんとうしょう)

『真清探當證』を除いて地方三書ともいう。

『美しの杜物語』は神代文字で書かれているが、吾郷はその件については特にふれていない。『美しの杜物語』のように地方色豊かなものとして原田はさらに『伊未自由来記』(いみじ・ゆらいき)・『肯搆泉達録』(かんかんせんだつろく)[注釈 12]・「守矢家文書」・「松野連系図」をあげている[要出典]

秘匿四書

  • 「斎部文書」
  • 「清原文書」
  • 「久米文書」
  • 「大伴文書」[注釈 13]

「大伴文書」を除いて秘匿三書ともいう。

上記の四書は未確認文献である。これらのうち「大伴文書」については、熊野修験道の秘伝書という「天津蹈鞴秘文」を伝承していた高松壽嗣がその一部を大伴氏の所伝とみなし「大伴文書」と呼んでいたという。したがって「大伴文書」は実在するものの、その中には超古代史を思わせるような伝承(例えばウガヤフキアヘズ朝など)は特に見出せない。

これら四書よりはいくらか知名度のあったものとして「安倍文書」がある。戦前からの研究者である山根キク大野一郎らによって、安倍文献もまた神代文字を伝えているとか竹内文献と共通する内容があるとかウガヤフキアヘズ朝についての記述があるとか、様々な説が広がっていた。また安倍ではなく「安部」または「阿部」とする説もあった。「安部文書」とする説ならば実在するものの、原田実・森克明編の「古史古伝事典」(別冊歴史読本編集部編『古史古伝の謎』所収)によると「安部文書」で現在までに見つかっているのは安部家の系図や寺社縁起のみであって、その中に神代伝承は見いだせない。「阿部文献」とする説では、三浦一郎が『九鬼文書の研究』の中で、また宇佐美景堂は『命根石物語』の中で、ともに豊後の阿部家に伝わる古代文字文献について述べており、神武以前の天皇名などを伝えている個所があると主張していた。

一覧

書名 吾郷清彦による分類 佐治芳彦「古史古伝」 田中勝也「異端古代史書」 「古史古伝」総覧[22] 藤原明による分類[6] 備考
古事記 古典四書
日本書紀 古典四書
古語拾遺 古典四書
先代旧事本紀 古典四書
先代旧事本紀大成経 [23] [24]
竹内文書 古史四書 [25] [26] 近代偽撰国史
富士宮下文書(宮下文献/富士文献) 古史四書 [27] 近代偽撰国史
九鬼文書 古史四書 [25] [28] 近代偽撰国史
物部文書 古史四書 [25] 近代偽撰縁起 唐松神社の神主・物部家に伝来[22][29]
上記/大友文書 古伝四書 [25] [30] 近代偽撰国史
秀真伝 古伝四書 [25] [31] 近代偽撰国史
三笠文/三笠紀(ミカサフミ 古伝四書 [25] 近代偽撰国史
カタカムナ 古伝四書 [25] 科学書
神勅基兆伝太占書紀/太占(フトマニ 近代偽撰国史
タマキマチガタ [25]
東日流外三郡誌(和田家文書) 異録四書 [25] [32] 近代偽撰国史
但馬国司文書(但馬故事記など) 異録四書 [33] 近代偽撰地誌
但馬郷名記 近代偽撰地誌
但馬世継記 近代偽撰地誌
但馬秘鍵抄 近代偽撰地誌
但馬神社名目抄 近代偽撰地誌
但馬貴類抄 近代偽撰地誌
上代県主年譜 近代偽撰地誌
古事随筆録 近代偽撰地誌
忍日伝天孫記 異録四書 自動書記
神道原典 異録四書 霊界通信
神伝上代天皇記 巻頭に明治25年(1892年)5月13日の年記がある[22]
甲斐古蹟考(向山家古伝巻軸) [34] 近代偽撰家記 甲斐国造の末裔という山梨県東八代郡錦村の向山彦太郎の家に伝来した古文書群[35]
伊未自由来記 近代偽撰縁起
南淵書
大御食神社神代文字社伝記(美社神字録) [25] 近代偽撰縁起
真清探當證 近代偽撰縁起
安部文献 [36] 近代偽撰家記 阿倍仲麻呂の子孫・安部正人が山根キクに示したという[36]
天書 [37]
天書紀 [37]
日本総国風土記 [38]
古世言見比々軌真之統示(こよふみひびきまのすべし) 実在が疑わしい[6]
春日文書 [36] 実在が疑わしい[6]
正統竹内管長職家文書 竹内睦泰が口伝を収集したものとされる[6]
前々太平記 [39] 江戸時代成立。著述対象は奈良時代から平安時代
日宮幣立宮古文書 近代偽撰縁起
桓檀古記 大東四書 [40]
契丹古伝 大東四書 [41]
于闐秘録 大東四書 『香山宝巻』と同じ文献。
宝巻変文類 大東四書 『香山宝巻』と同じ文献。
竹書紀年
穆天子伝
山海経
揆園史話
檀奇古史
符都誌
花郎世記

その他。五十音順。

脚注

注釈

  1. ^ 『ウエツフミ』には宗像本と大友本があるが、「大友文書」という言い方はそのうち大友本をさすというのではなくて、編者の大友能直の名をとったものであり宗像本と大友本を包括する名である。しかし「大友本」と紛らわしいのであまり使われなくなった。
  2. ^ ただし富士書についてはその中のもっとも主筋のまとまった書物である『開闢神代暦代記』をもって全体を代表させることがある。また竹内文献だけは「神躰神名天皇名宝ノ巻」(たましいたまのしかみのみなすみらみことなたからのまき)という表題がついている。物部文書については不詳である。
  3. ^ 鈴木貞一などがこの三書を「三大奇書」といっている。戦後、知名度において劣っていたホツマツタヱや九鬼文書などを吾郷が積極的に取り上げるまでは、超古代史を語る歴史書としてはこの三書が群を抜いて有名だったことによる。
  4. ^ 吾郷がこの著書を著した頃には『東日流外三郡誌』以外の和田家文書は知られていなかった。
  5. ^ 吾郷は古神道の研究家でもあったので、晩年には、古史古伝とはあくまで別枠としてだが『霊界物語』『泥海古記』『神霊正典』『日月神示』を「霊示四書」と呼んでいた。
  6. ^ 晩年の吾郷は「言霊四書」のリストも考案していた。
  7. ^ 自身を由緒正しい古フリーズ貴族の末裔に違いないと信じていた大工コルネリウス・オヴェル・デ・リンデが偽造した、先史時代までさかのぼる年代記。フリーズ人はキリスト教以前に独自の一神教を持つとし、万物創造の唯一神ヴラルダを讃え、ザクセン人やフランク人を見下しフリーズ人の優越性を説く。1872年にオランダで出版され、偽造であるとばれて事件は終わっていたが、ナチズムの台頭の中、1933年にドイツの先史学者ヘルマン・ヴィルトがユダヤによる旧約聖書以前の本物の古文書であると主張し、北方人種の栄光ある過去を創造する道具として利用しようとした[21]
  8. ^ ヘレナ・P・ブラヴァツキー神智学における根源人種論の元とも言われ、ニューエイジにも影響がある。
  9. ^ ルドルフ・シュタイナーの著作『アカシャ年代記より』のこととは限らない。『アカシャ年代記より』の著述の元になったもので、目に見えないがすべての過去の事実の跡が虚空(アーカーシャ)に刻まれて記録されており、特定の能力のある者がそれを読み取ることができるという。ただし「アカーシャ年代記」(=アカシックレコード)そのものは現界に書物として存在しているわけではなく、吾郷がここで言っているアカーシャ年代記(実際に文章化された書物)とは事実上ルドルフ・シュタイナーの著作を指している。しかし吾郷は、シュタイナーの著作の内容とは無関係にアカシック・レコードという言葉が使われることや、アカシック・レコードだと称されるものの内容が霊視する人間によって大きく変わってしまうことも認識していたため、あまりアカシック・レコードという言葉は使っていない。八幡書店の用語では、アカシック・レコードに相当する概念として九鬼文書の「天地言文(アメチコトフミ)」や荒深神道の「天津古世見(あまつこよみ)」があげられており、吾郷もそのような既存の和風の用語を援用・流用することを構想していた。
  10. ^ 『美杜神字』は出版物でもサイト上でも美杜神字とするものがあるが『美杜神字"解"』は落合直澄による著作(解読文)であり、原書のほうは美杜神字"録"である。
  11. ^ このタイトルは吾郷の昭和42年に著した解説書のタイトルでもある。
  12. ^ ただし由来記・泉達録共に実際に地元(隠岐島・越中)の神社に祀られている地方固有の神々を登場させている。
  13. ^ 『ウエツフミ』の別名である「大友文書」とは無関係。

出典

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  2. ^ a b c d e f g h i j k l 原田実「「超古代史」「古史古伝」ブームと言葉の定義」『偽書が揺るがせた日本史』山川出版社、2020年3月25日、72-80頁。ISBN 978-4-634-15163-5 
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  6. ^ a b c d e f 久野 & 時枝 2004, pp. 192–197.
  7. ^ 原田実著「トンデモ偽史の世界」(楽工社 2008年9月) 終章「現代日本の偽史運動」
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  10. ^ 吾郷 1976, pp. 12–16.
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  12. ^ 吾郷 1976, pp. 65–69.
  13. ^ 歴史読本1988年11月号 特集「消された歴史書「古史古伝」」所収 菅田正昭「「神道五部書」にみる古史古伝の成立事情」
  14. ^ 吉田大洋著「謎の出雲帝国」(徳間書店 1980年5月)
  15. ^ 歴史読本1988年11月号 特集「消された歴史書「古史古伝」」所収 吉田大洋「「古事記」はシュメール語で書かれた」
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参考文献

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  • 吾郷清彦『日本超古代秘史資料』新人物往来社、1976年11月15日。doi:10.11501/12271996 (要登録)
    • (上記の復刊版)『日本超古代秘史研究原典 (愛蔵保存版)』大陸書房 ISBN 440402472X
  • 田中勝也『異端日本古代史書の謎』大和書房〈古代学ミニエンサイクロペディア〉、1986年10月25日。doi:10.11501/12238084ISBN 4-479-47010-7 (要登録)
  • 佐治芳彦『古史古伝入門』徳間書店、1988年9月30日。doi:10.11501/13331619ISBN 4-19-503755-7 (要登録)
  • 歴史読本1988年11月号 特集「消された歴史書「古史古伝」」
  • 野村敏晴 編『「古史古伝」論争』新人物往来社〈別冊歴史読本特別増刊〉、1993年8月12日。doi:10.11501/13199896 (要登録)
  • 藤原明『日本の偽書』文藝春秋〈文春新書〉、2004年5月20日。 ISBN 4-16-660379-5 
  • 久野俊彦; 時枝務 編『偽文書学入門』柏書房〈KASHIWA学術ライブラリー〉、2004年5月30日。 ISBN 4-7601-2495-0 
  • 原田実『古史古伝論争とは何だったのか』・新人物往来社『歴史読本』2009年8月号
  • 原田実『『古史古伝』異端の神々』ビイングネットプレス、2006年
  • 別冊歴史読本編集部編 『危険な歴史書「古史古伝」―“偽書”と“超古代史”の妖しい魔力に迫る!』 ISBN 4404027540
  • 別冊歴史読本編集部編 『徹底検証 古史古伝と偽書の謎』 ISBN 4404030770

関連項目



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