原子力部門組織の変遷
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「東京電力の原子力発電」の記事における「原子力部門組織の変遷」の解説
東京電力は1955年に原子力発電課を発足させた際、当初社長室に所属させていたが、後に技術部の所属とし、1965年に原子力開発本部として独立させ、その下に原子力部や開発研究所が設置された。当時原子力業務課副長を拝命した井上琢郎は、この改正により原子力部門の組織は一気に拡充強化され、「原子力発電実現のための経営意思が、如実に示された」と回顧している。 『東電労組史 第2巻』によると昭和40年代、急拡大する電力需要は社内で深刻な人手不足をもたらしたとされているが、発足したばかりの原子力開発本部に人員を充足させるため、東京電力は毎年の新規採用人員の重点配置部門の一つとして原子力を掲げた。東京電力労働組合は「人員充足専門委員会」、1970年代には「適正人員対策委員会」などを組織し、これに協力した。また、設備近代化と社外請負化を進めた火力からの配置転換も積極的に活用し、原子力部門自身も請負化を利用していくこととなる。こういった人員拡充の結果、1975年時点では本店の原子力開発本部200名、福島、新潟の現地事務所の800名、独立店所となっていた発電所や日本原電への出向者などを合わせ、かつて1958年に高井亮太郎が目標として提示した1000名以上の大台に乗る規模となった。 なお、1975年時点での原子力開発本部の体制は下記のようになっており、こうした本店主導の組織のバックアップを受け、現地発電所の建設と運営は進められていた。 原子力保安部:保安に関わる総合方針樹立、各部門への審査、助言 原子力建設部:工事計画、設計、工程管理、原子力本部内事務業務、対外PR 原子力管理部:完成した原子力発電所の運営、原子力要員養成訓練計画、保安計画・管理 核燃料部:核燃料に関する方針計画の樹立、技術、経済、法規等諸調査 原子力開発研究所:原子力発電に関する技術・経済性調査、研究開発 1982年には福島第一原子力発電所にて福島原子力企業協議会が設立され、下請企業との協力体制を強化した。 2004年6月25日、原子力関係組織の大規模な再編が行われた。従来は社長直属で立地地域本部、原子力本部、各原子力発電所が並立していたが、「品質保証と安全管理の一層の充実」を目的に、3組織を統合、社長直属で原子力・立地本部となる。各発電所は原子力・立地本部の所属となった。 2004年7月1日には、当時運転していた3原子力発電所の組織も再編した。改編前は総務、広報、品質・安全、技術、発電、第一保全、第二保全、の7部体制だったが、技術、発電、保全部を再編、技術統括部を設置、同格位で品質・安全監理の責任者としてユニット所長を設置し、その下に運転管理部、保全部を所属させた。改編の目的は「自主保安監理体制の確立」である。福島第一原子力発電所の場合、ユニット所長は1〜4号機、5,6号機に各1名、合計2名配置され(従って運転管理部、保全部はそれぞれ第一、第二が存在)、運転管理や設備保全業務に関する一貫した権限を有する。
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