半音階的幻想曲とフーガとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 趣味 > ピティナ・ピアノ曲名 > 半音階的幻想曲とフーガの意味・解説 

バッハ:半音階的幻想曲とフーガ ニ短調

英語表記/番号出版情報
バッハ:半音階的幻想曲とフーガ ニ短調Chromatische Fantasie und Fuge d-Moll BWV 903作曲年1720,revised about 1730年  出版年1802年  初版出版地/出版社Hoffmeister & Kühnel 

作品概要

楽章・曲名 演奏時間 譜例
1  Fantasia3分00 No Image
2  Recitative3分30秒 No Image
3  Fugue5分30秒 No Image

作品解説

2007年6月 執筆者: 朝山 奈津子

 作品の成立時期は現在でもよく判っていない。自筆譜失われている。が、バッハ自身レッスン必修教材として用い多く弟子たち筆写したこと、息子フリーデマンが後年好んで演奏したことなどから、きわめて多様な資料残された。これらはタイトルフーガ有無だけでなく、特に幻想曲前半アルペジオこまかな違いがある。19世紀前半すでに出版においてさかんに取り上げられるようになり、1819年にはフリーデマンの筆写譜に残る強弱アーティキュレーション装飾含んだ稿が刊行された。(後年ビショフは、資料批判経た上で、この稿を異稿として収載した。フリーデマン自身施したのであるかどうか装飾様式からみると疑わしい。)異稿きわめて多いことに加え19世紀中葉にはハンス・フォン・ビューローなど音楽家改変加えた校訂譜を出し資料状況錯綜した。旧バッハ全集でさえ出所不明強弱記号スラー残したまま出された。その後、ダーデルゼン校訂により G.ヘンレ社から出された「原典版がもっと信頼性のある楽譜として長らく用いられたが、新バッハ全集がようやく1999年にこの作品収載した(V/9.2)。
 筆写譜の異稿やさまざまの実用版の存在は、作品がつねに実践の中で伝承されたことを意味する幻想曲即興的パッセージ鑑みれば、数多く異稿生まれるのも不思議はないように思われる。だが、半音階いっけん恣意的な走句や細かな音型のめまぐるしい変奏といった表層部から一歩踏み込んで和声進行と調展開に目を移してみれば、楽曲構成におけるバッハ計算緻密さ驚かされる不協和音、偽終止、変終止異名同音転換駆使しシャープ系、フラット系、時に長調片鱗すら覗く多様な調がきわめて自然に隣り合い結び合わされている。バッハ弟子教材としてこれを与えたのは、作曲規範たりうる高い完成度持っていたからである。
 ベートーヴェンはこの曲をよく研究したという。古典派完成しロマン派先駆したこの巨匠は、《半音階的幻想曲》のなかに厳格な形式主観性表現の高度な融合をみたのだろう。《幻想曲》にフーガが続くことも、二つ相反するものの対置止揚として作用する。もっとも、いっけん冷静に開始するフーガは、加速度的に荘重さを増し最後幅広い音域堂々と主題提示し半音階鍵盤駆け上がって終止する。即興的な幻想曲》で表現され苦悩絶望は、《フーガ》という厳格な書法引き継がれていっそう高められ濃縮されるようにみえる


半音階的幻想曲とフーガ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/10/21 08:24 UTC 版)

半音階的幻想曲とフーガ: Chromatische Fantasie und Fugeニ短調 BWV 903は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハが作曲したクラヴィーア曲。バッハのクラヴィーア独奏作品のなかでもとくに人気のある作品のひとつである[1]

概要

自筆譜は現存しておらず作曲時期は明確ではないが、ヴァイマル時代(-1717年)もしくはケーテン時代(1717年-1723年)に書かれ、1730年前後に改訂が加えられたものと考えられる[2][3]。新・旧のバッハ全集に、1720年頃の成立と推定される幻想曲の異稿がBWV 903aとして収録されている[3]。ヴォルフガング・ヴィーマー(Wolfgang Wiemer)は、1720年の妻マリア・バルバラ・バッハの死に際して書かれた「トンボー」と解釈しているが、確かな根拠はない[4][2]

新バッハ全集英語版では40以上の資料が挙げられている[5]ように、バッハの生前から評価されて[6]死後も影響力を保ち、すでに18世紀中にはウィーンフランスイタリアなど各地で知られていた作品であった[3]。息子のカール・フィリップ・エマヌエル・バッハヴィルヘルム・フリーデマン・バッハによるファンタジア群、のちの「多感様式」との類似が指摘されることもある[7]

19世紀に入っても人気は続き、1819年出版の、ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハの指示を記したと称する版をはじめ、カール・チェルニーハンス・フォン・ビューローなどが校訂版を発表している[8]。またルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン1810年に筆写をおこなっている[9]ほか、フェリックス・メンデルスゾーンジギスモント・タールベルクフランツ・リスト[10]ヨハネス・ブラームス[11]などが演奏した記録が残っている。ヨハン・ニコラウス・フォルケルは「唯一の存在で、これに類したものは他に一曲もない」と評し[1]、アルンフリート・エードラー(de:Arnfried Edler)は「非常に多種多様な構成上・表現上の諸要素が、これほどまでの説得力をもって一つにまとめあげられたことは」並ぶ例がないと述べている[6]

楽曲

「幻想曲」と「フーガ」と題された2つの部分からなり、演奏時間は約12分[12]

ロマン的で即興的な[1]幻想曲は、属調へと向かっていく前半と、「レチタティーヴォ」と記され主調に戻っていく後半とに分けて理解することができる[13]。前半は様々なフィギュレーションで構成された華麗なトッカータ様式で進んでいく[12]

後半のレチタティーヴォでは、マルティン・ゲックドイツ語版が「見事にしつらえられた一種の和声の迷路」[6]と呼ぶように半音階的なきわめて激しい転調が繰り返される。フォルケルは、バッハが即興をおこなう際に「24すべての調」を自然に通過していったと記し、「転調におけるぎこちなさについて、彼は何一つ知らなかった。(...)彼のいわゆる半音階的幻想曲は、私がここで言っていることを証明してくれる」と述べている[14]。このレチタティーヴォ部分は、バッハがヴァイマル時代に編曲した(BWV 594アントニオ・ヴィヴァルディヴァイオリン協奏曲グロッソ・モグール」第2楽章との関連が指摘されている[15]

幻想曲冒頭

 \new Staff {\time 4/4 \key a \minor \set Score.tempoHideNote = ##t \tempo "" 4=72 \relative c'
{r32 d( e f g a b cis) d( c bes a g f e d) cis( d e f g a bes e) r4 \noBreak
r16 a,32( b! cis d e f g f e d cis b a64 g f e) d32( e f a cis d f16) r4 }
}

フーガは半音階的な主題にもとづく三声のもので、フリードリヒ・ヴィルヘルム・マルプルクは著書『フーガ論』("Abhandlungen von der Fuge")のなかで、ジローラモ・フレスコバルディの「半音階的リチェルカーレ」("Recercar cromaticho post il Credo")と並べて取りあげている[16]

ゲックは「『フーガ・パテティコ(荘重フーガ)』として、《幻想曲》と調子を合わせる」と、また幻想曲と比較して「客観化への契機であり、幻想曲の苦悩に満ちた調子を弱める働きをする」[17]と述べるが、主題の扱いはかなり自由であり、技巧的で長い間奏部や、終盤の左手に現れるオクターヴ奏法のように表現的な書法も依然としてみられる[18]。幻想曲と同様に遠隔調への転調がおこなわれるものの、現れるのは短調に限られている[19]

フーガ冒頭

 \new Staff {\time 3/4 \key d \minor \set Score.tempoHideNote = ##t \tempo "" 4=100 \relative c''
{a4 bes b c c8 b c4 e, f fis g g8 fis g a bes4 a g f g8 f e d e4 a, cis d8 d16 e f8 f16 g a8 a16 b}
}

編曲

低音の補強などの演奏上の改変を楽譜に加えることは19世紀から多く例がある[10]が、フェルッチョ・ブゾーニ1902年におこなった現代ピアノのための改変は「編曲」としてBV B 13の整理番号が与えられており、またブゾーニはチェロとピアノのための編曲(BV B 38)も残している。他にはレオニード・クロイツァーによる現代ピアノのための改変(幻想曲のみ)[20]マックス・レーガーによるオルガンのための編曲、ラウル・ソーザ(Raoul Sosa)によるピアノの左手のみのための編曲、ゾルタン・コダーイによるヴィオラのための編曲(幻想曲のみ)などがある。

注釈

  1. ^ a b c シューレンバーグ 2001, p. 211.
  2. ^ a b ゲック 2001, p. 45.
  3. ^ a b c Tomita, Yo (2000). J.S.Bach: Fantasias & Fugues (Media notes). Masaaki, Suzuki. BIS. pp. 4–5. BIS-CD-1037。
  4. ^ シューレンバーグ 2001, p. 218.
  5. ^ Schulenberg, David (2006). The Keyboard Music of J.S. Bach (Second ed.). Routledge. p. 147 
  6. ^ a b c ゲック 2001, p. 46.
  7. ^ シューレンバーグ 2001, p. 211-212.
  8. ^ シューレンバーグ 2001, p. 212.
  9. ^ ゲック 2001, p. 49.
  10. ^ a b Dirst, Matthew (2012). Engaging Bach: The Keyboard Legacy from Marpurg to Mendelssohn. Cambridge University Press. pp. 153-156 
  11. ^ Musgrave, Michael, ed (1999). The Cambridge companion to Brahms. Cambridge University Press. p. 39 
  12. ^ a b 礒山雅、鳴海史生、小林義武 (1996). バッハ事典. 東京書籍. p. 370 
  13. ^ シューレンバーグ 2001, p. 214.
  14. ^ ゲック 2001, p. 47.
  15. ^ シューレンバーグ 2001, pp. 215–216.
  16. ^ シューレンバーグ 2001, p. 213.
  17. ^ ゲック 2001, p. 52.
  18. ^ 門馬直美「半音階的幻想曲とフーガ」『作曲家別名曲解説ライブラリー12 バッハ』音楽之友社、1993。p. 307
  19. ^ シューレンバーグ 2001, p. 219.
  20. ^ 『芸術としてのピアノ演奏 : ピアノ奏法の新しい美学』(音楽之友社、1969年2月刊)の巻末に付録として収録。

参考文献

  • デイヴィッド・シューレンバーグ (2001). バッハの鍵盤音楽. 佐藤望、木村佐千子 訳. 小学館 
  • マルティン・ゲック (2001). ヨハン・ゼバスティアン・バッハ. 3. 鳴海史生 訳. 東京書籍 
  • (score) Wolf, Uwe, ed (1999). Bach, Johann Sebastian: Chromatische Fantasie und Fuge d-Moll BWV 903. Bärenreiter 

外部リンク



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「半音階的幻想曲とフーガ」の関連用語

半音階的幻想曲とフーガのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



半音階的幻想曲とフーガのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
社団法人全日本ピアノ指導者協会社団法人全日本ピアノ指導者協会
Copyright 1996-2025 PianoTeachers' National Association of Japan
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの半音階的幻想曲とフーガ (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS