函館本線踏切事故とは? わかりやすく解説

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函館本線踏切事故

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 15:00 UTC 版)

日本の鉄道事故 (2000年以降)」の記事における「函館本線踏切事故」の解説

2010年平成22年1月29日 12時21分頃(列車脱線事故踏切障害に伴うもの〉) 北海道深川市深川町6号線のJR北海道函館本線深川 - 妹背牛間の踏切函館駅起点389.721 km)で、砂利積載したダンプカー雪道スリップして踏切内に進入踏切にある踏切支障報知装置作動させて発報したが間に合わず、そこに旭川札幌行き特急第2024M列車、「スーパーカムイ24号(789系5両 HL-1005編成)が衝突した列車204 m行き過ぎたところで停止先頭車前側台車脱線し前部原型とどめないほどに破損、1両目から3両目までの車両端部なども損傷したダンプカー運転台部分荷台部分引きちぎられ荷台部分20 mほど飛ばされたが、火災発生しなかった。この事故特急運転士・車掌乗客42人とダンプカー運転手の計45人が重軽傷負い病院搬送された。残り乗客バス代替輸送行った。この事故により、18時までに54本の列車運休し、約8,200人に影響した事故当日列車深川駅定刻12時17分)の1分遅れで発車していた。事故地点複線区間線形直線、2 パーミル(‰)の下り勾配である。当時スーパーカムイ始めとするJR北海道特急列車営業運転最高速度130 km/hであった原因ダンプカースリップしたことにより踏切内に侵入したためであるが、ダンプカー運転手証言によると、普段通行踏切があることは分かっていたが、事前速度ブレーキ踏んだ地点覚えておらず、また、当日風速4 - 5 mの吹雪吹いていたが、前が見えないほどではなかったという。一方当時の報道では、踏切警報機の音が聞こえなかったとしているものもある。事故調査報告書での踏切見通し距離は、道路側が250 m、列車側が600 mとなっており、列車運転士からダンプカー見えていた。 その後789系HL-1005編成は、2011年3月24日付で廃車となった789系電車は、1991年日高本線での踏切事故教訓に、JR北海道採用してきた高運転台仕様衝撃吸収構造のため、運転台へのダメージ客室への衝撃最小限抑えられた。 この事故受けてJR北海道安全対策として、キハ261系キハ281系キハ283系などにも存在する同様の高運転台タイプ特急形車両にある貫通路や、「クリスタルエクスプレス」などの臨時列車運用編成にあたる先頭車両全て立入禁止とし、座席撤去された。

※この「函館本線踏切事故」の解説は、「日本の鉄道事故 (2000年以降)」の解説の一部です。
「函館本線踏切事故」を含む「日本の鉄道事故 (2000年以降)」の記事については、「日本の鉄道事故 (2000年以降)」の概要を参照ください。

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