先史・古代のニワトリとは? わかりやすく解説

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先史・古代のニワトリ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/30 14:59 UTC 版)

ニワトリ」の記事における「先史・古代のニワトリ」の解説

日本列島伝来した時代良く分かっていない。愛知県田原市伊川津貝塚からは縄文時代ニワトリ出土したとされたが、これは後代混入であることが指摘されている。日本列島におけるニワトリ弥生時代紀元前2世紀)に中国大陸から伝来したとする説がある。 弥生時代には本格的な稲作開始されるが、日本列島における農耕中国大陸異なり家畜利用欠いた「欠畜農耕」と考えられていた。1989年昭和64年/平成元年)には大分県大分市下郡遺跡ブタ頭蓋骨発見され日本列島における弥生期の家畜動物出土事例となったニワトリに関して弥生時代中期後期遺跡である原の辻遺跡・唐神遺跡長崎県壱岐市)から出土した骨が最古とされている。1959年鳥類学者黒田長久報告し近年再検討が行われまさしくニワトリの骨であることが確認された。他、福岡県大川市酒見貝塚からもニワトリの骨が出土している。1992年平成4年)に愛知県清須市名古屋市西区朝日遺跡から中足骨出土している。以後弥生時代ニワトリブタ九州本州相次いで出土している。 弥生時代ニワトリ現代食肉用採卵用の品種異なり小型で、チャボ程度であったとされる出土少量であることから、鳴き声で朝の到来告げる「時告げ鳥としての利用主体であり、食用とされた個体廃鶏利用など副次的なものであった考えられている。 古代には『古事記』『日本書紀』記される天岩戸伝説において、常世長鳴鶏集めて鳴かせたという記述がある。 天武4年4月17日675年5月19日)の肉食禁止令において、ウシ・ウマ・イヌ・ニホンザル・ニワトリを食べることが禁じられている(天武天皇#文化政策)。殺生禁断の詔は聖武天皇の際にも出されニワトリの肉のみならず卵も避けられた。古代には時を告げとして神聖視され、主に愛玩動物として扱われた。『日本書紀』雄略天皇7年8月には闘鶏に関する記事があり、『日本書紀』成立した奈良時代には闘鶏が行われていたとも考えられている。 平安時代には『日本三代実録元慶6年882年)条や『栄花物語寛弘3年1006年)条、『年中行事絵巻』などにおいて、貴族庶民の間で娯楽賭博要素を持つ闘鶏が行われていたことが記されている。 ニワトリという名前について日本古名では鳴き声から来た「カケ」であり古事記中に見られる。雉を「野つ鳥雉」と呼んだように家庭の庭で飼うを「庭つ鳥(ニハツトリ)」(または「家つ鳥(イヘツトリ)」)と言い次第に「庭つ鳥」が残り、「ツ」が落ちてニワトリになった考えられる。また「庭つ鳥」は「カケ」の枕詞であり「庭つ鳥(ニハツトリカケ)」という表記残っている。別の説では「丹羽」を語源とするのもある。

※この「先史・古代のニワトリ」の解説は、「ニワトリ」の解説の一部です。
「先史・古代のニワトリ」を含む「ニワトリ」の記事については、「ニワトリ」の概要を参照ください。

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