中興の祖・蓮如
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本願寺第八世 蓮如の生涯についての詳細は、蓮如「生涯」の節を参照。 応永22年(1415年)、存如の長男・蓮如(幼名・布袋丸)誕生する。 永享8年(1436年)、巧如は長男の存如に本願寺を委譲し、存如が第七世となる。また、存如により、本願寺に阿弥陀堂と御影堂の両堂が建てられた。だがこの時の無理が影響し、本願寺の財政は逼迫する。 長禄元年(1457年)6月18日、存如が入滅する。存如の妻如円尼は実子の蓮照に継職させようと計るものの、存如の弟如乗の支持によって、蓮如が本願寺を継承し第八世となる。 継承当時の本願寺は衰亡の極みにあり、青蓮院の一末寺でしかなく、蓮如の支援者となる堅田本福寺の法住らが参拝しようとした際に、余りにも寂れた本願寺の有様に呆れ、佛光寺へ参拝したほどであった。 そのころ京都は土一揆で騒然。翌々年には大飢饉で、加茂川が餓死者で埋まる。諸国は戦乱が絶えず、深刻な様相を呈していた。 寛正6年(1465年)、本願寺(大谷本願寺)は延暦寺西塔の衆徒によって破却される(寛正の法難)。この法難に遭うまで「本願寺」はこの地にあった。 文明3年(1471年)、蓮如は京都から近江に難をさけ、そして越前(福井県)吉崎に移り布教する。 社会は徐々に進展し、民衆が力を得た。農村の生産力の増大と、荘園領主の没落で、農民の地位はしだいに向上し、やがて自治的な惣村をつくる。 蓮如はこうした社会の動きに機敏に対応し、積極的な教化を開始した。蓮如の熱烈な伝道に共感する門徒は、近畿から東海地方に拡がりをみせる。特に近江(滋賀県)では広く帰依し、無碍光本尊が普及するようになる。 文明6年(1474年)、加賀国の守護職を世襲する富樫氏の内紛で、富樫政親から支援の依頼を受ける。 蓮如は、対立する富樫幸千代が真宗高田派と組んだことを知ると、同派の圧迫から教団を維持するために政親と協力して幸千代らを滅ぼした。 だが、加賀の民衆が次第に蓮如の下に集まる事を政親が危惧して軋轢が生じるようになる。 更に蓮如の配下だった下間蓮崇が蓮如の命令と偽って一揆の扇動を行った(ただし、蓮如ら本願寺関係者が蓮崇の行動に対して全く関知していなかったのかどうかについては諸説ある)。 文明7年(1475年)8月21日、蓮如は争いを鎮静化させるため一揆を扇動した下間蓮崇を破門し吉崎を退去する。 小浜、丹波、摂津を経て河内(大阪府)の出口に居を定めた。出口(現在の光善寺)を拠点に積極的な布教を開始。 浄土・聖道諸宗の僧俗が多く帰依する。 文明10年(1478年)、蓮如は出口から山科へおもむき、翌年1月本願寺造営に着手する。 文明13年(1481年)、真宗佛光寺派佛光寺の法主であった経豪が佛光寺派の48坊のうちの42坊を引き連れて蓮如に合流する。 経豪は蓮如から蓮教という名を与えられて改名し、興正寺(真宗興正派)を建立する。これによって佛光寺派は大打撃を受けた。 文明14年(1482年)には真宗出雲路派毫摂寺第八世で真宗山元派證誠寺の住持でもあった善鎮が門徒を引き連れて蓮如に合流する。 文明15年(1483年)8月22日、「本願寺」(「山科本願寺」)」が落成する。 伽藍の整備と平行し、寺の周辺に多数の民家が営まれ、寺内町が形成され、諸国から参詣人や各職種の人たちが集い、京都市中をしのぐ賑わいをみせるようになる。 本願寺の教線は、東北から九州にいたる全国にのびた。さらに中国大陸北部の契丹人も教えを求めて来日した。蓮如によって本願寺は日本有数の大教団に成長する。 長享2年(1488年)〜天正8年(1580年)、加賀国の本願寺門徒らが中心による「加賀一向一揆」が起こる。 延徳元年(1489年)、蓮如は5男の実如に本願寺を委譲し、実如が第九世となる。 明応2年(1493年)、真宗木辺派錦織寺の第七代慈賢の孫勝恵が伊勢国・伊賀国・大和国の40か所の門徒を引き連れて蓮如に合流する。 明応6年(1497年)、蓮如は隠居所として、大坂石山に「大坂御坊」(後の大坂本願寺)を建立する。 明応7年(1498年)11月22日付の蓮如の『御文(御文章)』四帖の十五に、「大坂」という地名が史料にはじめて現れる。 「そもそも當國摂州東成郡生玉に荘内大坂といふ在所は往古よりいかなる約束のありけるにや、さんぬる明応第五の秋下旬のころより、かりそめながらこの在所をみそめしより、すでにかたのごとく一宇の坊舎を建立せしめ、年はやすでに三年の星霜をへたりき。これすなはち往昔の宿縁あさからざる因縁なりとおぼえはんべりぬ。」 明応8年(1499年)3月25日、山科本願寺にて蓮如入滅する。
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