ルーマニアの問題
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/03 03:05 UTC 版)
「ストリートチルドレン」の記事における「ルーマニアの問題」の解説
詳細は「ルーマニアの孤児」を参照 「ニコラエ・チャウシェスク#堕胎と離婚の禁止」も参照 欧州議会は、ルーマニアの首都ブカレストには、おおよそ1000人のストリートチルドレンがいると見積もっているが、数千から1万人程度という向きもある。 これらの子供たちは旧共産主義時代の独裁者であるニコラエ・チャウシェスクの政策の中で生まれてきたものである。チャウシェスクは「国力とはすなわち人口なり」とし、子供をたくさん産んだ母親に奨励金を出し、人口を増加させる子育て優遇政策を実行した。また、チャウシェスクは国民人口を増やす目的で避妊及び人工妊娠中絶を禁じた。 これらの社会主義政策は、社会保障費の深刻な増大を招き政府財政を圧迫することになる。1977〜1981 年にルーマニアの対外債務が大幅に増加すると、返済を求めるIMFや世界銀行による圧力が強まったことから、国債を完全返済するための政策に切り替えた。ルーマニア政府は国債を 1989 年に完済したものの、国民生活は困窮、同年、ルーマニア革命により共産党政権が崩壊するとともに、奨学金は停止した。こうして産み出された子供たちは、親から充分に食べさせてもらえず、家を飛び出す、あるいは捨てられて街頭で生活していくこととなった。 なおルーマニアは、ヨーロッパ諸国の中で子供たちのエイズ感染率の最も高い国になっている。これは1986-1991年の混乱期に、輸血や栄養剤の注射をするのに注射器の針が欠乏していたことなどが原因ともいわれる。孤児院などの児童保護施設で、貧しい食糧事情から栄養失調により体調を崩す子供も多く、それを即物的に治療する上で、栄養剤注射が常態化していたという報告も寄せられている。この状況下で注射針の不足から、これら施設に収容された児童内にエイズが蔓延したと見られている。 これらストリートチルドレンのエイズ感染者は、充分な治療を受けるすべもないということで、さらに事態は悪化している。加えて一部のルーマニアのストリートチルドレンは、男女の別を問わずセックスツアーの観光客、特に西ヨーロッパからの人を相手に売春行為を行い、これがヨーロッパ地域のエイズ患者増加を招いていると見なされている。元よりこれらの子供は、体以外に生活資金を得る手段が無く、これが事態の悪化と長期化を招いている。観光客側は後の事を考慮せずにことに及ぶためコンドームを使用せず、加えて売春している子供らも貧しさからコンドームを購入できないという事情もあり、これも問題視されている。 またこれらの子供らには、日本での第二次世界大戦終結後の戦後時代に見られたように、ビニール袋からエタノールを吸引するといった問題行動が見られる。エタノールの吸引は、空腹感を紛らわせる為に行っている。こうした薬物への依存もまた貧困のなせる業といわねばならない。セックスツアー観光客の中には、自身の娯楽のために違法な薬物を持ち込み、これを売春で買った子供らに提供するケースも危惧されている。
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