ジェミニ7号
名称:ジェミニ7号(Gemini 7)
小分類:ジェミニ計画
打ち上げ国名・機関:アメリカ/アメリカ航空宇宙局(NASA)
打ち上げ年月日:1965年12月4日
帰還年月日:1965年12月18日
打ち上げロケット:タイタンII
宇宙飛行士:フランク・ボーマン/ジェームズ・A・ラベル
飛行時間:330時間35分
国際標識番号:1965100A
ジェミニ7号は2週間にわたって宇宙空間に滞在し、地球のまわりを206周しました。飛行時間の330時間35分はジェミニ計画で最長記録です。月と地球のあいだを往復するのに十分な時間で、アポロ計画に向けての大いなる成果でした。
また、ジェミニ7号のもうひとつの目的は、後から打ち上げられたジェミニ6-A号とのランデブーでした。6-A号は、本当なら人工衛星アジェナに接近してドッキングする予定だったのですが、アジェナが爆発事故をおこしたため、7号とのランデブーに変更されたのです。
ジェミニ7号の飛行が12日間になっとき6-A号は打ち上げられ、軌道に乗ってから6時間たらずで7号に追いつき、5時間のあいだ一緒にならんで飛行しながら、地球を3周しました。両宇宙船は最短で30cmまで接近することに成功しています。
1.宇宙船はどんな形をして、どのような性能を持っているの?
ジェミニ宇宙船は搭乗カプセルと機械船から構成され、円錐形をしています。機械船は電力や酸素などをカプセルに供給する役目のもので、実験装置を収める場所でもありました。2つをあわせた全長は5.6m、最大直径3.1m、重量3.5tです。逆推進エンジンや姿勢制御エンジンがついていました。
2.ロケットはどんな形をして、どのような性能を持っているの?
タイタンIIは大陸間弾道ミサイルを改良した多段式ロケットで、全長33.2m、直径3.1m、重量185tです。
3.打ち上げや飛行の順序はどうなっているの?
打ち上げから約2分30秒後にタイタンIIの第1段が切り離され、地球周回軌道に入ると第2段が切り離されます。打ち上げから12日目にジェミニ6-A号とのランデブーを行ったあと、さらに2日間飛行してから地球に戻りました。機械船が切り離され、搭乗カプセルだけで大気圏に再突入しました。
4.宇宙飛行の目的は?
宇宙での長期滞在と、ジェミニ6-A号とのランデブーで
す。
5.宇宙でどんな活動をし、どのような成果をおさめたの?
2週間のあいだ宇宙に滞在し、ジェミニ6-A号とのランデブーにも成功しました。
※参考文献:アラン・シェパード,ディーク・スレイトン著/ムーンショット(集英社)、竹内均・監修/Newton Collction II 宇宙開発(教育社)、松井孝典・著/「宇宙誌」(徳間書店)
ジェミニ7号
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/03/09 09:44 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動ジェミニ7号 | |||||
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徽章
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ミッションの情報 | |||||
ミッション名 | ジェミニ7号 | ||||
宇宙船 | ジェミニ7号 | ||||
質量 | 3,663キログラム (8,080 lb) | ||||
乗員数 | 2名 | ||||
コールサイン | Gemini 7 | ||||
打上げ機 | タイタンII GLV #62-12562 | ||||
発射台 | ケープカナベラル空軍基地LC-19発射台 | ||||
打上げ日時 | 1965年12月4日19:30:03 UTC | ||||
着陸または着水日時 | 1965年12月18日 14:05:04 UTC 北緯25度25.1分 西経70度6.7分 / 北緯25.4183度 西経70.1117度 |
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ミッション期間 | 13日18時間35分01秒 | ||||
周回数 | 206周 | ||||
遠地点 | 328.2キロメートル (177.2 nmi) | ||||
近地点 | 161.6キロメートル (87.3 nmi) | ||||
公転周期 | 89.39 分 | ||||
軌道傾斜角 | 28.89° | ||||
航行距離 | 9,029,771キロメートル (5,610,840 mi) | ||||
乗員写真 | |||||
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(L-R) Lovell, Borman | |||||
年表 | |||||
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ジェミニ7号(英語:Gemini 7)はアメリカ合衆国の有人宇宙飛行であるジェミニ計画で打ち上げられた宇宙船およびその宇宙飛行計画。ジェミニ宇宙船としては6番目のものであり、1965年12月4日に打ち上げられた。
概要
ジェミニ7号の主目的は、月飛行計画のための14日間に渡る長期宇宙滞在を実施することにあった。1965年10月にジェミニ6号を打ち上げる計画があったが、ランデブー試験を行なう対象であったアジェナ標的機が1965年10月25日に打上げ失敗したために、7号の打上げが先となった。ジェミニ7号の打上げ後、11日目にジェミニ6-A号も打ち上げられ軌道上でランデブーを行なっている。ジェミニ7号の飛行時間はジェミニ5号の7日22時間を超え、13日18時間35分01秒に及び、これはそれまでの宇宙滞在記録を更新したのみならず、1970年代のスカイラブ計画まで最長記録であり続けた。
ジェミニ7号はケープカナベラル空軍基地より1965年12月4日に打ち上げられた。宇宙船の軌道投入後、搭乗員は長時間の宇宙服着用が不快であったために、地上とのやり取りの末、宇宙服を脱ぐことにしている。周回31周目には潜水艦ベンジャミン・フランクリンがポラリス潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を試験発射するのを軌道上から観測している。打上げ5日目には高度300kmの安定した円軌道に軌道変更している。
ジェミニ6-A号が予定より遅れて12月15日に打ち上げられた。打上げロケットの排気煙はジェミニ7号からも観測されている。ジェミニ6-A号は近地点161km遠地点259kmの軌道に投入され、周回4周目までにランデブーする計画であった。打上げ94分後に、ジェミニ6-A号は軌道変更のための5km/secほどの加速を開始し、軌道高度を上げ、ジェミニ7号に追い付くコースをとった。3回の軌道修正により6-A号は近地点270km遠地点274kmの軌道に入った。この後、微修正を繰り返し、ジェミニ6-A号はジェミニ7号とのランデブーに成功した。最接近時は距離30cmまで近づいており、ランデブー状態を約270分継続している。ジェミニ6-A号はランデブー試験の成功の後、ジェミニ7号よりも先に12月16日に帰還している。
飛行11日目には、実験などもほとんど実施したため、搭乗員は読書などをして過ごしている。このころから、スラスターの不調や燃料電池の出力低下が報告され始めている。12月18日に大気圏再突入し、フロリダ半島沖の大西洋上に着水している。予定地点から11.8km離れたところであった。アメリカ国防総省もジェミニ7号の支援についており、人員10,125名と航空機125機、艦艇16隻が投入された。
ジェミニ7号はバージニア州のスティーヴン・F・ウドヴァー=ヘイジー・センターに保管展示されている。
搭乗員
予備搭乗員
- 船長:エドワード・ホワイト
- パイロット:マイケル・コリンズ (宇宙飛行士)
エピソード
当時の宇宙船は船内スペースが限られていたためトイレはないのが普通で、本ミッションでも小便については吸引器が搭載されていたものの(ただし、実際には陰茎に取り付けるパイプ部分からの尿もれなどがしばしば発生していた[1])、大便の際は排便用のプラスチックバッグに用を足したあと(発酵によるガスの発生を防ぐため)防腐剤を入れてよくこね回し、倉庫に収納することになっていた。ところがこの飛行では、防腐剤が十分に混ざっていなかったあるバッグの便が発酵し、最終的に飛行7日目にガスの圧力でバッグが破れ、中身が船内に飛び散ってしまった。かといってミッションを中止して地球に帰還するわけにも行かず、後半の7日間は便の異臭が漂う中船内活動を継続する羽目になった。地球に帰還後、ラヴェルはメディアの質問に対し「君は、トイレの中で一週間過ごしたことがあるか」と返答したという[2][3]。
脚注
外部リンク
- NASAによるジェミニ計画概説
- NASA Gemini 7/Gemini 6 press kit - Nov 29, 1965
- Gemini 7 Mission Report (PDF) January 1966
- JAXAによる解説
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ジェミニ7号
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/16 05:14 UTC 版)
ラヴェルはジェミニ4号の予備搭乗員に選ばれた。その後、1965年12月にフランク・ボーマンとともにジェミニ7号のパイロットを務めた。このフライトの目的は、14日間の軌道上での活動がクルーと宇宙船に与える影響を評価することだった。この14日間のフライトでは、206回の地球周回を行う耐久記録を樹立した。また、ジェミニ6-A号との史上初のランデブーに成功した。 12月4日にラヴェルとボーマンの乗ったジェミニ7号が打ち上げられ、それを追って12月15日にウォルター・シラーとトーマス・スタッフォードが乗ったジェミニ6-A号が打ち上げられた。同時に4人が宇宙に滞在したのは初めての事である。 ランデブーには成功したが、すべてが順調だったとは言えない。宇宙での滞在が11日目を迎えた時に、いくつかのスラスターが噴射しなくなった。さらに翌日には燃料電池の電力が低下した。このような不具合があったものの14日目に地球帰還した。
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