エジプトにおける宣伝工作
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「ファーティマ朝のエジプト征服」の記事における「エジプトにおける宣伝工作」の解説
イスラーム世界では10世紀初頭に反アッバース朝を掲げ、ファーティマ朝の母体となったイスマーイール派の教宣活動が広まり、イスマーイール派の支持者はアッバース朝の宮廷にまで浸透していた。後に初代のファーティマ朝のカリフとなるイスマーイール派の指導者のアブドゥッラー・アル=マフディー・ビッラーフは、904年に独立政権を築いていたトゥールーン朝が統治するエジプトへ避難場所を求め、アッバース朝が905年の初頭にエジプトの支配を回復するまで、およそ1年間フスタートで支持者とともに姿を隠していた。その後、アル=マフディー・ビッラーフが西方のシジルマーサへ逃れていた間、協力者のアブー・アブドゥッラー・アル=シーイーが他の地域の教宣活動のネットワーク(ダーワ(英語版))との連絡を維持するために残された。 エジプトにおけるファーティマ朝の工作員とその同調者の活動は、919年の二度目の侵攻に至るまでの間の917年か918年に著された史料によってその存在が裏付けられている。エジプトの総督は侵攻してきたファーティマ朝の軍隊と連絡を取り合っていた数人の工作員を拘束した。エジプトへの初期の侵略の試みが失敗に終わった後、ファーティマ朝はより一層宣伝行為と政権の転覆に向けた活動に重点を移すことになった。フスタートは民族的、宗教的に多様な住民を抱える重要な商業の中心地であったため、ファーティマ朝の工作員はフスタートで容易に浸透することができた。驚くべきことに、ファーティマ朝の教宣員の代表団はカーフールによって公に受け入れられ、ダーワは組織を立ち上げ、フスタートで公然と活動することが認められた。組織の工作員は「ファーティマ朝の支配はカーフールの死後にのみ始まるであろう」と強調した。 ダーワの指導者で裕福な商人であったアブー・ジャアファル・アフマド・ブン・ナスル(英語版)は、ワズィールのジャアファル・ブン・アル=フラートを含む地元の支配層との友好的な関係を維持しており、おそらくその一部には賄賂が贈られていた。安定をもたらし、正常な商取引が回復することに特別な関心を抱いていた都市の商人は、アフマド・ブン・ナスルの発言にとりわけ敏感であった。さらに一部の史料では、摂政のアル=ハサン・ブン・ウバイドゥッラーはアフマド・ブン・ナスルの影響下にあったと主張している。フスタートで軍隊が暴動を起こした時、アフマド・ブン・ナスルはアル=ハサンにムイッズへ介入を要請するように助言し、暴動の影響に関する書簡を直接カリフへ送った。その間にアフマド・ブン・ナスルを補佐していたジャービル・ブン・ムハンマドが都市の居住区にダーワを組織し、予期されるファーティマ朝の軍隊の到来の際に掲げることができるようにファーティマ朝の旗を配布した。また、ファーティマ朝は政敵のジャアファル・ブン・アル=フラートによって投獄される前にワズィールになる野心を抱いていたユダヤ人改宗者のヤクーブ・ブン・キッリス(英語版)による支援も受けた。ヤクーブ・ブン・キッリスは968年9月にイフリーキヤへ逃亡してそこでイスマーイール派に改宗し、エジプトの情勢に関する知識をもってファーティマ朝を助けた。イフシード朝の支配層は完全に蝕まれた状態にあった。一部のトゥルク人の将軍たちがムイッズに書簡を送ってエジプトを征服するように求めたと記録されているが、現代の一部の歴史家はジャアファル・ブン・アル=フラートでさえファーティマ朝を支持する一派に加わっていたのではないかと疑っている。 これらの出来事に関して、現代の歴史家は実際の侵攻に先立ったファーティマ朝の「巧みな政治宣伝」(マリウス・カナール(英語版))の重要性を強調している。飢饉がエジプトに与えた影響とイフシード朝政権の政治危機も相まって、この「心理的、政治的な準備のための集中的な期間」(ティエリ・ビアンキ)は軍事力よりも決定的な影響を与えたことが明らかとなり、征服が迅速かつ多くの困難を伴うことなく実行されることを可能にした。さらに、ビザンツ帝国がシリア北部で前進を続けているという情報によって引き起こされた968年の恐慌状態もファーティマ朝の目標を助けることにつながった。その一方でアッバース朝と連携した地域内のイスラーム勢力によるビザンツ帝国への抵抗は貧弱なものであり、ビザンツ帝国は自由にシリア北部を襲撃して回り、多数のイスラーム教徒の捕虜を獲得した。
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