シダ類
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/04/09 14:24 UTC 版)
生息環境
シダ類が最も多様に分化しているのは熱帯であり、雲霧林中の着生植物が多く、地上生種も多様である[27]。木生シダ類では森林伐採後の二次植生として群生し、広大なヘゴ林を形成することも多い[29]。一方、ヒトツバのように乾燥に強いものやサンショウモのような水生シダ類も存在し、様々な環境に生育している[27]。
渓流は水流の圧力や濁流中の砂粒子、微生物による腐蝕といった陸上植物が様々なダメージを受け、水位の変化が激しい過酷な環境であるが、渓流帯にのみ適応した渓流沿い植物が存在する[32]。シダ類にも渓流沿い植物が存在し、日本ではゼンマイ科のヤシャゼンマイ、ホングウシダ科のサイゴクホングウシダ、オシダ科のヤエヤマトラノオ、ウラボシ科のヒメタカノハウラボシ、ミツデヘラシダなどが挙げられる[32]。これらは根茎が発達し、岩にしっかり固着できること、茎が強靭で折れにくいこと、葉は細長く流線型で全縁、平滑で無毛などの形質を持つ[32]。このようなシダ植物では世界で約100種知られている[32]。
下位分類
現在では、小葉植物を含むシダ植物の分類体系として、PPG I分類体系が用いられている。右図における、ハナヤスリ科以下が本項における、これまで普通「シダ類」として扱われてきた科である。
この項では本項に示す側系統群が「シダ綱」として扱われていた過去の分類体系を以下に示す。
コープランドの分類体系
エドウィン・ビンガム・コープランドは「有効な」分類階級というものは「自然分類であること」と「有用であること」の両方を反映したものであると提案した最初の分類学者の一人である[33]。
コープランド (1947)ではシダ綱 Filicinaeにその多くが単一種のみからなる305属を認めた[33]。コープランドはシダ綱をハナヤスリ目、リュウビンタイ目、シダ目の3目に分け、うちシダ目に19科を置いた[34]。デンジソウ科とサンショウモ科を含む水生シダ類 Hydropteridesは、その特異的な形質からそれぞれデンジソウ目 Marsilealesとサンショウモ目 Salvinialesに置くことがあるとしながらも、その他のシダ目の系統の下にあるため独立した目に入れるのを嫌い、シダ目に入れるとした[34]。
- シダ綱 Filicinae
- ハナヤスリ目 Ophioglossales
- リュウビンタイ目 Marattiales
- シダ目 Filicales
- ゼンマイ科 Osmundaceae
- フサシダ科 Schizaeaceae
- ウラジロ科 Gleicheniaceae
- ロクソマ科 Loxomaceae
- コケシノブ科 Hymenophyllaceae
- ワラビ科 Pteridaceae
- ミズワラビ科 Parkeriaceae
- ヒメノフィロプシス科 Hymenophyllopsidaceae
- シノブ科 Davalliaceae
- キジノオシダ科 Plagiogyriaceae
- ヘゴ科 Cyatheaceae
- オシダ科 Aspidiaceae
- シシガシラ科 Blechnaceae
- チャセンシダ科 Aspleniaceae
- マトニア科 Matoniaceae
- ウラボシ科 Polypodiaceae
- シシラン科 Vittariaceae
- デンジソウ科 Marsileaceae
- サンショウモ科 Salviniaceae
人とのかかわり
シダ類以外のシダ植物の利用に関しては各項を参照。
短歌
ノキシノブ Lepisorus thunbergianusはしだくさ(子太草)と呼ばれた[35][20]。
わが屋戸の 軒のしだ草 生ひたれど 戀忘草 見れど生ひなく—柿本人麿歌集、万葉集 11 (2475)
もう一首は志貴皇子によりワラビ(和良妣)Pteridium aquilinumが読まれた[36]。
石走る 垂水の上の さ蕨の 萌え出づる春に なりにけるかも—志貴皇子、万葉集 8 (1418)
また、シノブ Davallia mariesiiは次のような俳句がある[37]。
大岩に生えて一本忍かな—村上鬼城
観賞用
着生植物であるシノブはミズゴケなどを芯にして詰め、盆栽風にして「忍ぶ玉」と呼ばれ古くから観賞される[37]。特に玉や舟などの形に加工しぶら下げたものは「つりしのぶ」と呼ばれ、夏の夜店で売られる[15]。ウラボシ科のアオネカズラ Polypodium nipponicumも同様に鉢植えや「忍ぶ玉」のようにして栽培される[20]。
オシダ科のオニヤブソテツ Cyrtomium falcatumは観葉植物として庭に植えたり室内インテリアとして鉢植えにしたりして用いられる[38]。チャセンシダ科のオオタニワタリ Asplenium antiquumは『古事記』では「御綱柏」と呼ばれていたが、美しい姿から栽培用に乱獲され危急種となっている[39]。またオオタニワタリとヒノキシダの雑種であるオニヒノキシダ Asplenium ×kenzoiは葉の形の面白さからよく栽培され、屋久島では土産物として売られる[39]。イノモトソウ科のシダは欧米では観葉植物として栽培され、斑入りや獅子葉の園芸品種もある[40]。例えば、白斑のあるホコシダ Pteris ensiformisや、獅子葉など様々な園芸品種が知られるオオバイノモトソウ Pteris cretica、若葉が赤紫色、成長すると白緑色になるハチジョウシダ類のPteris aspericaulisなどは園芸植物となる[40]。日本でもマツカサシダ Pteris nipponicaは『本草図譜』では「おきなしだ」の名で呼ばれ、古くから観賞されてきた[40]。ホウライシダ科のホウライシダ Adiantum capillis-venerisの園芸品種は「アジアンタム」として、またクジャクシダ Adiantum pedatumも園芸用に栽培される[41]。ツルシダ科のシダ類も観葉植物となり、Nephrolepis exaltataは変異個体が「ボストン・ファーン」として栽培され、タマシダ Nephrolepis cordifoliaやホウビカンジュ Nephrolepis biserrata、Nephrolepis hirstula由来の園芸品種も存在する[42]。フサシダ科のカニクサ Lygodium japonicumは庭植えにされることがある[16]。
ホウライシダ科のミズワラビ Ceratopteris thalictroidesは水槽用の水草として用いられる[41]。ウラボシ科のミツデヘラシダ Microsorum pteropusは「ミクロソリウム」として熱帯魚の水槽で栽培される[20]。
- 観葉植物となるシダ類
台湾、新竹市に植栽されるオオタニワタリ Asplenium antiquum
「ボストン・ファーン」と呼ばれるNephrolepis exaltata
オオバイノモトソウ Pteris creticaの斑入りの園芸品種 'Albo-lineata'
水槽で栽培される「ミクロソリウム」(ミツデヘラシダ Microsorum pteropus)
薬用・食用
オシダ Dryopteris crassirhizomaは別名を「綿馬」という[17]。中国医学(本草)では貫衆と呼び塊根を薬用とする[17]。日本ではこれは「綿馬根」と呼ばれ[17]、駆虫剤としても用いられた[38]。カザリシダ Aglaomorpha coronansの根茎は「骨砕補」となる[27]。また中国ではタカワラビ科のタカワラビ Cibotium barometzは「金狗毛蕨」と呼ばれ、茎を肝臓、腎臓の薬として用いるほか[29]、チャセンシダ科のホコガタシダ Asplenium ensiformeは下痢止め、利尿作用をもつとして薬用にされ、栽培もされる[39]。ホングウシダ科のホラシノブ Sphenomeris chinensisは民間薬として用いられ、雲南省南部では「起死回生」の効果があるとされる[43]。ホウライシダ科のシダは漢方としてイワガネゼンマイ Coniogramme intermediaやイワガネソウ Coniogramme japonicaでは腫物の毒消しに、タチシノブ Onychium japonicumでは解熱・利尿に、ホウライシダ Adiantum capillis-venerisでは全草が解熱・解毒に用いられる[41]。フサシダ科のカニクサの葉は利尿剤とされる[16]。
ヒリュウシダ属も食用または薬用に供され、ニュージーランドのマオリはBlechnum capenseの芽を蒸し焼きにして、オーストラリアのクイーンズランド州ではアボリジニがBlechnum indicumの太った根茎を食べる[44]。Blechnum fluviatileはニュージーランドで口内炎の薬として、ヒリュウシダ Blechnum orientaleは東南アジアで虫下しや膀胱炎の薬として、またBlechnum hastatumの根茎はチリのアラウコ人に嘔吐剤または妊娠中絶薬として用いられた[44]。
真嚢シダ類であるミヤコジマハナワラビ Helminthostachys zeylanicaはマレーシアや中国で根茎を鎮痛解毒剤として用いられる[45]。
毒性を有するものも多く、ワラビは葉にビタミン破壊酵素(チアミン分解酵素)を含み、草木灰や重曹のようなアルカリで煮て灰汁抜きをし、毒成分を除去して食される[46][47]。この毒性により家畜やシカは食べないため放牧食性が形成され、日本などでは火入れにより良質のワラビが収穫されてきた[47]。サイレージなど飼料に混入することで家畜が膀胱がんなどになるワラビ中毒が発生する[47][22]。
日本では山菜としてワラビ Pteridium aquilinumやゼンマイ Osmunda japonica、ヤマドリゼンマイ Osmundastrum cinnamomeum var. fokeienseなどが食用にされる[48][46]。ワラビは葉柄の柔らかい部分が灰汁抜きの後、煮物や和え物などに用いられ、塩や味噌に漬けて保存される[46]。ワラビの根からとれる澱粉はワラビ粉としてわらび餅や団子に利用される[46][22]。ゼンマイやヤマドリゼンマイは巻いた若芽の葉柄部を食用にする[46]。ゼンマイは灰汁抜きの後、煮つけ、天麩羅、汁の実に用いられる[46]。ヤマドリゼンマイも灰汁や重曹で灰汁抜きの後、煮物や和え物、汁の実として用いられる[46]。どちらも乾燥したり塩漬けにしたり、卯の花漬けにして保存される[46]。ヤマドリゼンマイは瓶詰にして市販される[46]。日本の東北地方ではクサソテツがコゴミと呼ばれお浸しや揚げ物にして食される[15]。この仲間は北アメリカ東北部でも若芽の時期を珍重して食べられる[15]。
アジアでは広くクワレシダ Diphasium esculentumが食用にされる[21]。中国南部や東南アジアでは、ホウライシダ科のミズワラビが食用にされる[41]。ブータンではランダイワラビ Pteridium revolutumやイワデンダ科の Diplazium maximaやクワレシダ、オオイシカグマ Microlepia speluncae、ナチシダ Pteris wallichianaなどを食用とする[47]。これらはいずれも毒性があって家畜やシカは食べないため、その排泄物を栄養として肥沃な放牧場にはこれらがよく繁茂し、放牧植生ができている[47]。ヘゴも髄に多量の澱粉を含む茎や若い葉は食用とされ、オーストラリアではほろ苦い甘みがあり、まずいカブのような味だと表現される[29]。
- 薬用・食用となるシダ類
山菜として食べられるゼンマイ Osmunda japonicaの若芽
シダ類の若芽 (Fiddlehead)を使った鶏肉料理
台北の飲食店で供されるクワレシダ Diphasium esculentum
食用に調理されたヒカゲヘゴ Cyathea lepifera
加工
ウラジロは単にシダと呼ばれる普通種で、常緑であるため、および「齢垂れる(しだれる)」とかけて長寿の象徴として正月の飾り物(注連飾り)などに用いられる[14][15][16]。
カニクサの蔓は編み籠の材料とされた[16]。葉軸がしなやかであるためウラジロ科も編んで壁材や籠などの工芸品に利用される[16]。
木生シダ類のヘゴ Cyathea spinulosaやオニヘゴ Cyathea podophylla、ヒカゲヘゴ Cyathea lepiferaやマルハチ Cyathea mertensianaは幹を家の柱や垣根に用いられ、細いものは生花の器に用いられるが、近年では専ら園芸材料として利用される[29]。洋ランは自生地では樹木や岩石に付着し生活するため、洋ランの栽培に円盤状や板状、棒状や植木鉢状に加工して利用される[29]。ヘゴの根やゼンマイのひげ根(オスマンダ)はコンポストとして用いられる[29]。ヘゴ板の建材や園芸資材の需要は多くの種を脅かし、ワシントン条約により輸入規制されるものもある[29]。
- 加工されるシダ類
正月の注連飾り。ウラジロの葉が用いられる。
ヘゴ材として用いられるマルハチ Cyathea mertensianaの「幹」
その他
アカウキクサ科の水生シダには藍藻 Anabaena azollaeが共生し窒素を供給するので貧栄養下でも生育できるため、東南アジアでは緑肥として用いられ、熱帯の稲作地帯における肥料となっている[49]。フィリピンの国際稲研究所にはアカウキクサの系統保存施設がある[49]。逆にサンショウモ Salvinia natansは切断された植物体から栄養繁殖するため水田を覆い尽くす害草となる[49]。
ニューギニア島ではキジノオシダ科のシダの葉を乾燥させ、祭の際に体を飾る材料として利用される[50]。
徳川家康は老年期、兜の前立てにシダの歯を象った通称「歯朶具足」を愛用した。甲冑一式は久能山東照宮に奉納され、現在まで伝わっている。
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