空間記憶
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/04 15:57 UTC 版)
Corkin (2002)によれば、HMの記憶能力の研究により、空間的記憶域や空間的情報の処理に必要な脳領野についても示唆が得られた。彼は一般には新しいエピソードや事実についての長期記憶を形成できず、ある種の空間記憶の課題にも重度の障害を示すが、HMは彼の住まいの地誌的な見取り図をきわめて詳細に描くことができる。このことは、特筆すべきである。というのは、HMは手術の5年後に現在の住まいに引越しており、その後は前向性健忘を発症しているため、一般的には地誌的記憶も障害されていることが予想されるためである。Corkin (2002)は"毎日部屋から部屋へと歩いている結果、彼の住まいの空間的配置についての認知的地図が生成された"(p. 156)と仮説を立てている。このことの基盤となる神経構造については、Corkin (2002)は空間情報雄を処理するネットワーク(e.g. 後部海馬傍回)が部分的には温存されたためであるとしている。地誌的記憶に加えて、HMは絵画の記憶-再認課題や、著明な顔の再認課題でも学習が可能であるが、後者では音素の手がかりを与えられたときのみ可能である。HMが絵画の再認課題でよい成績を残したのは、腹側頭頂皮質の機能の残存が原因である可能性がある。さらにCorkin (2002)は、HMは新しい宣言的記憶を形成することはできないが、大衆生活に関して少量の貧弱な情報を記憶できることようであった(e.g. 有名人の名前を手がかりを用いて想起できる)。こうした発見は、HMには海馬外に意味・再認記憶の部位が残存することを示しており、内側側頭葉のなかでの機能の連関についての理解を進めている。HMはある種の空間課題では重度の障害を示しており、海馬と空間記憶との関連性のさらなる証拠となっている(Kolb & Whishaw, 1996)。
※この「空間記憶」の解説は、「HM (患者)」の解説の一部です。
「空間記憶」を含む「HM (患者)」の記事については、「HM (患者)」の概要を参照ください。
空間記憶
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/04/08 13:37 UTC 版)
1986年にリチャード・G・モリス(英語版)は長期増強が記憶の形成に実際に必要であることをin vivoで示した。モリスは空間記憶における役割が確立している脳構造である海馬を、薬理学的に操作したラットの空間記憶能力を試験した。ラットはモリスの水迷路課題と呼ばれる、濁った水槽の中を水中に隠されたプラットホームに向かって泳がせる空間記憶課題で事前に訓練してあった。訓練の際に通常のラットは、水中に隠されたプラットフォームの位置と水槽の壁の特定の位置にある目印とを関連付ける。事前の訓練の後、ラットの1グループにはNMDA型グルタミン酸受容体ブロッカーであるAPVを海馬に投与し、もう一方のグループは対照群とした。そしてその後に、両方のグループでもう一度モリスの水迷路課題を行った。対照群のラットはプラットホームの位置を覚えプールから上がったが、APVを投与されたラットでは課題の成績が有意に低下していた。加えて、両方のグループの海馬の切片を比較したところ、対照群のラットの海馬切片では容易に長期増強が誘導されたのに対して、APVを投与されたラットの海馬切片では誘導することができなかった。この結果はNMDA型グルタミン酸受容体、さらには長期増強が少なくともある種の記憶と学習に必要であることを示した初期の研究である。 同様に、利根川進は1996年に生体のマウスにおける空間記憶に海馬のCA1と呼ばれる領域が必要不可欠なことを示した。この領域にある場所細胞 (place cell|) と呼ばれる細胞はマウスがある空間における特定の場所(場所受容野 place fieldと呼ばれる領域)に来た時にのみ選択的に発火する。この場所受容野はその空間全体に分布していて、場所細胞のグループで海馬内に地図を作っていると解釈されている。この地図の正確性はマウスの空間の学習能力を決定している。利根川はCA1領域のNMDA型グルタミン酸受容体のNR1サブユニットを遺伝子的に除去することにより、受容体を特異的に阻害することで、場所細胞の反応選択性が対照群より低下することを示した。予想通り、このマウスは対照群に比べて空間記憶課題の成績が低下しており、長期増強の空間記憶における役割を支持する結果となった。 海馬のNMDA型グルタミン酸受容体の活性を強化することで、長期増強を強化し、空間記憶を向上させることができる。2001年にジョー・Z・チェン(英語版)は海馬のNMDA型グルタミン酸受容体のNR2Bサブユニットを過剰発現させることで受容体の機能を強化したマウスを作り出した。その結果出来た賢いマウスはドラマの天才少年ドギー・ハウザーの主人公、ドギーハウザーにちなんで "ドギー・マウス" (Doogie mice) というニックネームがつけられた。このマウスは強化された長期増強と優れた空間記憶能力を持ち、海馬依存性の記憶における長期増強の重要性をさらに証明した。
※この「空間記憶」の解説は、「長期増強」の解説の一部です。
「空間記憶」を含む「長期増強」の記事については、「長期増強」の概要を参照ください。
- 空間記憶のページへのリンク