ストラングラーズ
(The Stranglers から転送)
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| ストラングラーズ The Stranglers |
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イングランド・ブライトン公演 (2014年3月)
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| 基本情報 | |
| 出身地 | |
| ジャンル | パンク・ロック ニュー・ウェイヴ ポストパンク アート・ロック オルタナティヴ・ロック |
| 活動期間 | 1974年 - 現在 |
| レーベル | ユナイテッド・アーティスツ EMI/Liberty エピック Psycho When! Absolute/Ear Music |
| 公式サイト | www |
| メンバー | ジャン=ジャック・バーネル バズ・ウォーン ジム・マコーリー トビー・ハウンシャム |
| 旧メンバー | ヒュー・コーンウェル ジェット・ブラック デイヴ・グリーンフィールド ほか 別記参照 |
ストラングラーズ(The Stranglers)は、1974年に結成されたイングランド出身のロックバンド。
1977年にデビューし、1970年代のパンク・ムーヴメントから台頭した。結成以来解散も休止もなく、幾つかのメンバー交代を経ながら50年以上に亘って活動を継続している[1]。当時のパンク・バンドの多くとは異なり既にキャリアのある練達者によって結成され、同ムーヴメント終息後は独特の耽美的でインテリジェンスな音楽性を評価された。
来歴
結成
スウェーデンで生物学の研究のかたわら「Johnny Sox」というバンドで活動をしていたヒュー・コーンウェル(ギター、ボーカル)は、1974年にイギリスに戻り、ジャン=ジャック・バーネル(ベース、ボーカル)、ジェット・ブラック(ドラムス)、デイヴ・グリーンフィールド[注釈 1](キーボード、ボーカル)らを誘いストラングラーズを結成した。後にコーンウェルは、音楽に生きるよう「神の啓示」を受けたと語っている。
彼等が活動を開始した当時はハードロックとプログレッシブ・ロックが主流で、仕事にありつきたければ髪を伸ばすこと、長いギターソロを弾くこと、ベルボトムを穿くことを要求されるようなこともあった時代だった。彼等の過激な演奏と言動、ファッションはそれらとは明らかに異質のものだったので、なかなか仕事を得られなかった。しかしハードロックとは異なる硬質の攻撃性とプログレッシブ・ロックには見られない異なるラディカルな知性が混淆する新奇な音楽は次第に支持を広げ、彼等はイギリス全土を股にかけて毎日のようにライブを行うまでになった。
人気と共に右翼団体との間に軋轢を生じ[注釈 2]、ザ・クラッシュと乱闘騒ぎを起こしたこともあった[2]。
メジャー・デビュー後(1977年 - 1989年)
1977年、アルバム『夜獣の館』でメジャー・デビュー。続いて発表したアルバム『ノー・モア・ヒーローズ』(1977年)、『ブラック・アンド・ホワイト』(1978年)、『レイヴン』(1979年)を合わせた4作全てをUKチャートのトップ5に送り込み、代表的なパンク・バンド、ニュー・ウェイヴの旗手としてイギリスの若者に大きな影響を与えた。
1979年2月、初の日本公演。同年12月に2度目の日本公演[注釈 3]。1980年12月にはNHK総合テレビジョンの音楽番組『ヤング・ミュージック・ショー』でミュージック・ビデオが放送された[3]。
パンク・ムーヴメントが過ぎ去った1980年代に入ってからも、『メニンブラック』(1981年)、『ラ・フォリー』(1981年)、『黒豹』(1983年)、『オーラル・スカルプチャー』(1984年)、『夢現』(1986年)とコンスタントにアルバムを発表した。これらのアルバムでは狭義のパンク的な要素は影を潜め、プログレッシブ・ロック、アート・ロック、ゴシック・ロックなどからの影響を感じさせるインテリジェンスとリリシズム、ヨーロッパ的湿潤と陰翳に富む内省的なアプローチが目立ちはじめた。日本での人気はパンク・バンドという1970年代のパブリックイメージとの違いのせいか下降線をたどったが、本国イギリスでは深い精神性と耽美的なメロディが新たな人気を呼んだ。これらのアルバムもヒットチャートに入り続け[4]、むしろ初期のアルバムよりも高い評価を受けている。アルバム『ラ・フォリー』からシングルカットされた'Golden Brown'は、全英シングルチャートで最高位2位を記録して彼等の最大のヒット曲になった。
コーンウェル脱退以降(1990年 - 現在)
1990年、コーンウェルがバンドの方向性に限界を感じて、10thアルバム『10』を最後に脱退。新たにジョン・エリス(ギター)とポール・ロバーツ(ボーカル)が加入し、5人編成で『ストラングラーズ・イン・ザ・ナイト』(1992年)、『アバウト・タイム』(1995年)、『リトゥン・イン・レッド』(1997年)、『コープ・デ・グレイス』(1998年)という4作のアルバムを発表。
1992年、単独公演で来日。
2000年、エリスが脱退。新たにバズ・ウォーン(ギター、ボーカル)が加入。
2004年、6年ぶりのアルバム『ノーフォーク・コースト』を発表。
2006年、ロバーツが脱退。4人編成に戻る。
2007年、オリジナル・メンバーのブラックが心房細動に罹っていることが報告される。長時間の移動が必要な場所での演奏では代役にイアン・バーナードを起用[5]。この年、「サマーソニック」に出演のため来日。
2012年、アルバム『ジャイアンツ』を発表。
2015年、ブラックが77歳という高齢を理由に事実上の引退。
2020年、1975年に加入したグリーンフィールドが、心臓疾患と新型コロナウイルスの感染で死去[7]。デビュー時のメンバーで在籍するのはバーネルだけになった。6月10日、残されたメンバーは、グリーンフィールドの死の直前にストラングラーズが録音したアルバムのミキシング作業を行っていたこと、彼に敬意を表して2020年秋にファイナル・ツアーを行うことを発表した[8]。
2021年、アルバム『ダーク・マターズ』を発表。
メンバー
※2022年12月時点
現ラインナップ
- ジャン=ジャック・バーネル (Jean-Jacques Burnel) – ベース、ボーカル (1974年- )
- フランス系。ブラッドフォード大学・ハダースフィールド・ポリテクニックで歴史学や経済学を修める。三島由紀夫の愛読者。極真会館の道場生でもあり、士道館空手ロンドン支部長も務める。
- バズ・ウォーン (Baz Warne) – ボーカル、ギター (2000年- ) ※2006年からリードボーカル兼任
- ジム・マコーリー (Jim Macaulay) – ドラムス (2018年- )※2013年から2017年までサポート
- トビー・ハウンシャム (Toby Hounsham) – キーボード (2021年- )
-
ジャン=ジャック・バーネル(2012年)
-
バズ・ウォーン(2014年)
旧メンバー
- ヒュー・コーンウェル (Hugh Cornwell) – ギター、ボーカル (1974年-1990年)
- ハンス・ウォーミング (Hans Wärmling) – ギター、キーボード (1974年-1975年) ※1995年死去
- ジェット・ブラック (Jet Black) – ドラムス (1974年-2015年) ※2022年死去
- デイヴ・グリーンフィールド (Dave Greenfield) – キーボード (1975年-2020年) ※2020年死去
- 音楽大学でクラシックを専攻。ストラングラーズ加入以前にプログレッシブ・ロック・バンド「Rusty Butler」を初めとする様々なバンドで演奏を経験。
- ポール・ロバーツ (Paul Roberts) – ボーカル (1990年-2006年)
- ジョン・エリス (John Ellis) – ギター (1990年-2000年)
-
ヒュー・コーンウェル(1983年)
-
ジェット・ブラック(2006年)
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デイヴ・グリーンフィールド(2013年)
ディスコグラフィ
スタジオ・アルバム
- 夜獣の館 Rattus Norvegicus(1977年)
- ノー・モア・ヒーローズ No More Heroes(1977年)
- ブラック・アンド・ホワイト Black and White(1978年)
- レイヴン The Raven(1979年)
- メニンブラック The Gospel According to the Meninblack(1981年)
- ラ・フォリー La Folie(1981年)※旧邦題『狂人館』
- 黒豹 Feline(1983年)
- オーラル・スカルプチャー Aural Sculpture(1984年)
- 夢現 Dreamtime(1986年)
- 10 10(1990年)
- ストラングラーズ・イン・ザ・ナイト Stranglers in the Night(1992年)
- アバウト・タイム About Time(1995年)
- リトゥン・イン・レッド Written in Red(1997年)
- コープ・デ・グレイス Coup de Grace(1998年)
- ノーフォーク・コースト Norfolk Coast(2004年)
- スイート・シックスティーン Suite XVI(2006年)
- ジャイアンツ Giants(2012年)
ライブ・アルバム
- ライヴ:Xサーツ Live (X Cert)(1979年)
- オール・ライヴ All Live and All of the Night(1988年)
- ライヴ・アット・ザ・ホープ・アンド・アンカー Live at the Hope and Anchor(1992年)
- The Early Years '74 '75 '76 Rare Live and Unreleased(1992年)
- サタデー・ナイト、サンデー・モーニング Saturday Night, Sunday Morning(1993年)
- ライヴ血風録 Death and Night and Blood(1993年)
- ストラングラーズ&フレンズ The Stranglers and Friends - Live in Concert(1995年)
- Access All Areas(1996年)
- 13日の金曜日 - ライヴ・アット・ロイヤル・アルバート・ホール - Friday the Thirteenth(1997年)
- ライヴ・アット・ハマースミス・オデオン'81 Live at the Hammersmith Odeon '81(1998年)
- ファイヴ・ライヴ・ゼロワン 5 Live 01(2001年)
- Apollo Revisited(2003年)
- Coast to Coast: Live on Tour(2005年)
- Themeninblackinbrugge(2008年)
- Live at the Apollo 2010(2010年)※DVD & CD
日本公演
出典[10]。
1979年
- 2月9日 テレビ朝日
- 2月13日 福岡・少年文化会館
- 2月14日 大阪・毎日ホール
- 2月15日 京都・京大西部講堂
- 2月16日 名古屋・名古屋市公会堂
- 2月17日 東京・後楽園ホール
- 2月18日 東京・後楽園ホール
- 2月19日 東京・後楽園ホール
1979年
- 12月10日 札幌・大谷会館
- 12月11日 名古屋・名古屋市公会堂
- 12月12日 福岡・都久志会館
- 12月13日 東京・後楽園特設テント
- 12月14日 大阪・毎日ホール
- 12月15日 京都・京大西部講堂
- 12月16日 東京・後楽園特設テント
1992年
- 12月17日 東京・渋谷公会堂
- 12月19日 川崎・CLUB CITTA Kawasaki
- 12月20日 名古屋・CLUB QUATTRO
- 12月21日 大阪・新橋CLUB Q
- 12月22日 大阪・新橋CLUB Q
2007年
- 8月11日 SUMMER SONIC Tokyo
- 8月12日 SUMMER SONIC Osaka
2010年
- 4月2日 PUNK SPRING 2010 Nagoya
- 4月3日 PUNK SPRING 2010 Osaka
2019年
- 11月3日 東京・Shibuya WWW
- 11月4日 東京・Shibuya WWW
- 11月5日 東京・Tsutaya O-West
脚注
注釈
- ^ オリジナル・メンバーのハンス・ウォーミングに代わって1975年に加入した。
- ^ メンバーは「俺たちは右翼でも左翼でもない、ニュー・ウィングだ」と韜晦していた。
- ^ 前座はLIZARD。バーネルが同年発表された彼等のデビュー・アルバムのプロデューサーを務めた。
出典
- ^ ザ・ストラングラーズ。 11枚組BOXが、彼らの結成40周年記念RUBY ANNIVERSARYツアーに合わせて発売決定! - HMV
- ^ こんなパンク伝説知ってた? しかも当事者たちが語ってるんです - RO69
- ^ 城山隆『僕らの「ヤング・ミュージック・ショー」』情報センター出版局、2005年、493頁。ISBN 978-4795843622。
- ^ ストラングラーズ、4年ぶりの新曲も収めた最新ベストをリリース - CDjournal
- ^ “SIS News Archive -- November 2006-May 2007”. web.archive.org (2011年7月16日). 2020年8月7日閲覧。
- ^ “ザ・ストラングラーズ、27年ぶりの単独公演で見せた鉄壁のバンド・サウンド”. Rolling Stone Japan (2019年11月4日). 2020年5月7日閲覧。
- ^ “ザ・ストラングラーズのデイヴ・グリーンフィールド、死去”. BARKS (2020年5月5日). 2020年5月7日閲覧。
- ^ “Stranglers Official Site › Full Final UK Tour And Album Update”. www.thestranglers.co.uk. 2020年8月7日閲覧。
- ^ “ザ・ストラングラーズのドラマーだったジェット・ブラックが逝去。享年84歳”. NME JAPAN (2022年12月9日). 2022年12月12日閲覧。
- ^ “www.setlist.fm”. 2025年2月8日閲覧。
外部リンク
「The Stranglers」の例文・使い方・用例・文例
- The Malay Times に掲載されていた、非常勤の下級アナリストの職に関する広告についてご連絡を差し上げています。
- ‘They are flying kites.' はあいまいな文である.
- 話し中です (《主に英国で用いられる》 The number's engaged.).
- 名詞相当語句 《たとえば The rich are not always happier than the poor. における the rich, the poor など》.
- 総称単数 《たとえば The dog is a faithful animal. の dog》.
- =《口語》 These kind of stamps are rare. この種の[こういう]切手は珍しい.
- 王立オペラ劇場 《the Covent Garden Theatre のこと》.
- 英国学士院 (The Royal Society)の会報.
- 初めて読んだ英文小説は“The Vicar of Wakefield”
- 『Scotish』は、『The Scottish Symphony』や『Scottish authors』、あるいは、『Scottish mountains』のような、より正式な言葉遣いの傾向がある
- STD(神学博士)はラテン語のSanctae Theologiae Doctorに由来する
- 『The boy threw the ball(少年がボールを投げた)』は、能動態を使う
- 『The ball was thrown(ボールは投げられた)』は簡略化された受動態である
- 1992年,「The Animals(どうぶつたち)」という本のために,まどさんの動物の詩のいくつかが皇后美(み)智(ち)子(こ)さまによって英訳された。
- 式典は,3Dコンピューターアニメ映画「I Love スヌーピー The Peanuts Movie」の米国公開の数日前に行われた。
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