鳳凰堂建立の思想的・信仰的背景とは? わかりやすく解説

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鳳凰堂建立の思想的・信仰的背景

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/10 09:25 UTC 版)

平等院」の記事における「鳳凰堂建立の思想的・信仰的背景」の解説

観無量寿経』の一節に「若欲至心西方者、先当観於一丈六像在池水上」(若し至心西方生まれんと欲する者は、先ず当(まさ)に一の丈六の像池水の上に在(いま)すを観るべし)とある。鳳凰堂とその周囲浄土式庭園は、『観無量寿経』の所説に基づき西方極楽浄土とその教主である阿弥陀如来観想特定の対象に心を集中させること)するために造られたとするのが定説である。 飛鳥時代・奈良時代・平安時代前期広まった仏教は、現世での救済求めるものであった平等院創建された平安時代後期になると、日本では末法思想広く信じられていた。末法思想とは、釈尊入滅から2000年以降仏法廃れるという思想である。しかし、天災人災続いた為、人々の不安は一層深まり終末論的思想として捉えられるようになり、この不安から逃れるための厭世的思想として捉えられるうになる仏教現世での救済から来世での救済変わっていった。平等院創建された永承7年1052年)は、当時思想ではまさに「末法」の元年当たっており、当時貴族極楽往生願い西方極楽浄土教主とされる阿弥陀如来本尊とする仏堂盛んに造営した鳳凰堂とその堂内阿弥陀仏、壁扉画(へきひが)や供養菩薩像周囲庭園などは『観無量寿経』の所説に基づき西方極楽浄土観想するため、現世極楽浄土として造られたことは間違いないしかしながらそうした浄土教末法思想という観点のみから平等院鳳凰堂を見ることは一面的な理解であるということが、複数研究者により指摘されている。平等院境内現在のような景観になったのは、南北朝時代争乱以降鳳凰堂阿弥陀堂)のみが焼け残ったことによるのである鳳凰堂主要な堂宇であることは間違いないが、平安時代平等院では、本堂には密教の主尊である大日如来安置され、他にも不動堂五大堂愛染堂多宝塔など、密教系の仏像安置する堂塔建ち並んでいた。鳳凰堂阿弥陀像の印相定印膝上両手を組む)であるが、これは密教両界曼荼羅阿弥陀如来の結ぶ印である。阿弥陀像の普段見えない像内は弁柄べんがら)で朱色塗られている。これは、両界曼荼羅金剛界五仏五色配当する際、西方阿弥陀紅玻璃色(ぐはりじき。赤色)とすることに対応する阿弥陀像の像内には阿弥陀の大呪・小呪を書いた月輪がちりん円板)が納入されていたが、これはこの阿弥陀像が密教修法である阿弥陀法本尊像でもあることを意味している。以上のことを踏まえ建築史家・冨島義幸は、鳳凰堂阿弥陀像には密教阿弥陀如来としての一面があり、鳳凰堂全体阿弥陀曼荼羅表しているとする。なお、阿弥陀如来像光背最上部にある化仏大日如来像である。 平安時代後期京都では、平等院以外にも皇族・貴族による大規模寺院建設相次いでいた。藤原道長寛仁4年1020年)、無量寿院(後の法成寺)を建立しまた、11世紀後半から12世紀にかけては白河天皇勅願六勝寺法勝寺筆頭に、尊勝寺最勝寺円勝寺成勝寺延勝寺)が今の京都市左京区岡崎あたりに相次いで建立された。しかし、これらの大伽藍現存せず、平安時代貴族建立した寺院建物仏像壁画庭園まで含めて残存するという点で、平等院唯一の史跡である。しかし、その平等院も昔からのもので残っているのは鳳凰堂のみとなってしまっている。

※この「鳳凰堂建立の思想的・信仰的背景」の解説は、「平等院」の解説の一部です。
「鳳凰堂建立の思想的・信仰的背景」を含む「平等院」の記事については、「平等院」の概要を参照ください。

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