高齢出産統計
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/02 19:29 UTC 版)
厚生労働省の出産統計によると、1920年代~1940年代前半には、30歳以上の出産は年間80万人以上、35歳以上の出産は年間40万人以上、40歳以上の出産も年間10万人以上、出生数が260万人台で史上最も多かった1946年~1949年には、30歳以上の出産は100万人以上、35歳以上の出産は年間50万人以上、40歳以上の出産も年間10万人以上、出産総数に対する高齢出産の比率は20%前後であった。なぜなら、20世紀前半までは、感染症や生活習慣病の予防法も治療法も実現される以前であり、妊産婦死亡率、周産期死亡率、新生児死亡率、乳児死亡率、乳幼児死亡率、成人死亡率は、20世紀後半や、21世紀の現代と比較して著しく高く、出産しても成人するまで生きられない可能性も、成人後に死亡する確率も、現在と比較して著しく高かった。家族のためおよび国や社会のために、人口を維持し増大させるためには、女性もその性交相手である男性(夫または愛人)も妊娠出産が可能な限り、妊娠と出産をするという慣習があったので、女性もその性交相手である男性も存命で妊娠と出産が可能な健康体ならば40代でも妊娠し出産することはありふれたことであり、多産多死の人口動態だった。当時は平均寿命は40代だったが、その時代でも、妊娠と出産をできる限りするという考えであると、35歳以上の出産が年間40万人以上、40歳以上の出産が年間10万人以上、出産総数に対する高齢出産の比率は20%前後は可能な数値だった。 戦後 1940年代後半の戦後の混乱期は、戦争中に軍隊に入っていた多くの青年層男性が家庭に戻って結婚したことにあり、日本の歴史上最大の出産数を記録し、この時代にも40歳以上の出産も年間10万人以上あり、出産総数に対する高齢出産の比率は20%前後であったが、戦後の混乱期が過ぎると出産数は減少し1961年には史上初の合計特殊出生率が2.00人未満を記録し、感染症の予防法や治療法が実現され、妊産婦死亡率、周産期死亡率、新生児死亡率、乳児死亡率、乳幼児死亡率、成人死亡率は著しく低下し、合計特殊出生率は2人台前半から、2.00前後、1人台後半へと漸減し、少産少死の人口動態に変化した。20世紀後半の1980年代までは女性の平均初婚年齢及び第1子平均出産年齢が20代半ばだったので、出生率の低下の結果、高齢出産は著しく減少し、1960年~1995年の国勢調査の期間は、出産総数に対する高齢出産の比率は10%未満だった。とりわけ人口の多い団塊の世代の女性の出産適齢期とも重なった1960年代後半から1980年代前半にかけての期間では、高齢出産の比率は5%未満で最も少なかった。また、団塊の世代自体も20代半ばで結婚して20代のうちに子供を産み終えるという傾向が強かったため、高齢出産をした者は少なく、40歳以上で子供を産んだ者はほとんどいなかった。1995年以降は合計特殊出生率は1人台前半に低下した状態が継続しているが、女性の晩婚化が進行したことの影響で、高齢出産は増加傾向になり、出産総数に対する35歳以上の出産比率は2000年は約12%、2008年は約21%、2015年は約28%に増加しているが、実数としては、20世紀前半までと比較すると少ない。しかし、1995年以降は晩婚化の進行に伴って35歳以上での初産(第1子出産)も増加しており、早婚多産傾向であった20世紀前半までとは事情が異なる面もある。
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